先日、数年来の友人が日本から訪ねてきれくれました。ホテルのように素敵なユースホステルを教えてもらったので、いくつかご紹介します!
◆ADVENIAT
シャンゼリゼ通りのブランド街を少し奥まったところにあるユースホステル。広々としていて、とっても静かで清潔。ホステルといっても、ニツ星ホテルのレベルはありそう。この場所でこの値段で泊まれるのはありえない、と思ったら、カトリック団体の運営だそう。私服姿の神父さんやボランティアの方たちが働いていて、雰囲気が良いです。2010年6月にオープンしたばかり。11月中は休館。図書ルームやテラス、共同キッチン、チャペル、もあり、朝食付きで26~33ユーロで泊まれます。インターネットは館内設置のパソコンにお金を入れてアクセスするタイプ。受付で確認すれば、コンサートやフランス人のお家でディナーの案内もしてくれます。英語対応も可。写真はこちら。
◆MIJE
別の友人からのお勧め。上と比べると30ユーロからとやや高めの料金設定ですが、やはり、ユースホステルらしからぬ静けさとのこと。場所は2つあり、いずれも中心地シャトレーChatelêt駅から1駅または2駅。この界隈はお洒落なマレ地区にも近く、若者向けに安く食べられるお店が多いです。ただ、シャトレーでの乗り換えは少し歩くので、シャトレーでタクシーに乗ってしまう方がスムーズでしょう。写真はこちらから。
ちなみに、CDG空港に近いという理由で、パリの北部(北駅や東駅)にある格安ホテルに泊まる方が多いのですが、この辺りは移民街で治安が良くないので、お勧めしません。パリらしい雰囲気を味わうためにも、少しだけ足を伸ばして、ぜひ素敵なところに泊まってください♪ あ、でもそのうち私が引っ越したら、その時はぜひ家へ!!
2011年4月29日金曜日
2011年4月28日木曜日
311震災、フランスでの反応
自分の中で気持ちの整理がついたので、まとめてみる。 3月11日昼すぎ、日本で地震が起きたことを、友人達からの携帯メールで知った。あわててインターネットを立ち上げ、ニュースを検索し、ネットで情報を追う日々が始まった。
フランスでも刻々とニュースが伝えられ、13日の日曜礼拝には、ノートルダム大聖堂で日本のための追悼ミサが行われ、千人を越える人が集った。パリ日本語教会にも、言葉がわからないながらも、フランス人とアフリカ人の礼拝者であふれかえり、ただただ涙する礼拝をささげたそうだ。私の通うインターナショナルチャーチでも祈りをささげ、募金を募った。まもなくチャリティーイベントがパリでいくつも開催され、ある語学学校で行われたイベントには大使館も後援し、入場まで2時間待ちの行列となった。facebookでの友人たちの安否確認と外国人の友人からの安否を問うメールの返信に追われる。
文字通り、たくさんの人が日本に注目し、心を痛めてくれた。今でも311の話になると、目に涙をため、言葉に詰まってしまう外国人がいる。先進国で起こった出来事だし、今はインターネットで簡単に情報が手に入り、映像が見られたりするから余計にショックなのだろうか、人ごととして受け止めている人は知る限り、少ない。
私は阪神大震災の被災者だ。だけど、あの時とは色々、わけが違うなと思う。あの時は、起きてしまった天災のもとで、復興という一つの方向へ向かう流れが見えていた。食料不足に陥ることは少なかったし、津波やガス施設の爆発の危惧もされたが、それらは起きずにすんだ。政府はそれなりに機能していたし、人々は淡々と悲しみを受け止め、普通の生活を取り戻すために準備するしかなかった。今回のような、地震と津波と原発事故とが絡み合う問題は、日本経済全体の打撃だし、自然や原発の怖さについて世界を震撼させ、エネルギー源の流れを変えた。チェルノブイリの痛みがあるドイツは地震後、すぐに原発をいくつか停止させ、原発大国であるフランスではメディアで特集が組まれ、議論された。
個人的には、外国に住んでいるから、自分の国を忘れるかというとそれは逆で、むしろ離れることで、より日本人としてのアイデンティティが強まっていく。普段、愛国心など感じない私でも、今回のように、自分の国が重大な危機に瀕しているということは、身を切られるようで、考えたくもないほど辛かった。元気でいてくれたら、遠くへいても平気。けど、元気でいるはずのものがそうでないと、いても立ってもいられなくなる。遠くにいるから、できることは限られているので、なおさらかもしれない。福島出身の友人は、すぐに仕事を辞めて帰りたがっていた。母国というのは、文字通り、親みたいなものなんだろう。
COOL JAPANという言葉があるけれど、外国から見たら、日本は本当にクールな国だ。これほど小さな島国にもかかわらず、戦後50年で類を見ない経済成長をとげた国。世界はその秘訣を知りたいと思っている。高い文化度をもちあわせ、「日本」という名前自体がブランドとなっている。日本人はどこの国の入国審査でも素通りできるが、たとえば中国や南米・アフリカなどの人は、入国に複雑な手続きやお金が必要だったり、そもそも渡航する経済力がなかったりする。「日本から来た」というだけで、「かっこいい」とか「すごい」とか言われたりする。フランスでは中年以上の世代にとって日本に精通していることはインテリの代名詞だし、マンガやゲームなど、面白いものの宝庫である日本へ、憧憬を抱いている若者も少なくない。これらは全て、日本人の努力の結果だ。
これから日本が向かうところを、世界が見ている。これからの日本について色々、思うところがあるけれど、まずは被災された方々のうちに、どうか癒しと平安がありますよう、ここフランスの地からお祈りしています。
フランスでも刻々とニュースが伝えられ、13日の日曜礼拝には、ノートルダム大聖堂で日本のための追悼ミサが行われ、千人を越える人が集った。パリ日本語教会にも、言葉がわからないながらも、フランス人とアフリカ人の礼拝者であふれかえり、ただただ涙する礼拝をささげたそうだ。私の通うインターナショナルチャーチでも祈りをささげ、募金を募った。まもなくチャリティーイベントがパリでいくつも開催され、ある語学学校で行われたイベントには大使館も後援し、入場まで2時間待ちの行列となった。facebookでの友人たちの安否確認と外国人の友人からの安否を問うメールの返信に追われる。
個人的には、外国に住んでいるから、自分の国を忘れるかというとそれは逆で、むしろ離れることで、より日本人としてのアイデンティティが強まっていく。普段、愛国心など感じない私でも、今回のように、自分の国が重大な危機に瀕しているということは、身を切られるようで、考えたくもないほど辛かった。元気でいてくれたら、遠くへいても平気。けど、元気でいるはずのものがそうでないと、いても立ってもいられなくなる。遠くにいるから、できることは限られているので、なおさらかもしれない。福島出身の友人は、すぐに仕事を辞めて帰りたがっていた。母国というのは、文字通り、親みたいなものなんだろう。
これから日本が向かうところを、世界が見ている。これからの日本について色々、思うところがあるけれど、まずは被災された方々のうちに、どうか癒しと平安がありますよう、ここフランスの地からお祈りしています。
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