2009年11月11日水曜日

美しきかな、ノルマンディー

次回は授業の苦労話を、と書きつつ、ノルマンディーに行ってきたので、大学院ネタをお休みして、旅の話へ。

週末、教会のリトリート(修養の旅)で2泊3日、約40名の仲間とワゴンに乗ること3時間。ノルマンディーの名もない町、Bernières sur mer へ行ってきました。

セミナーハウスに泊ったのですが、静養が目的なだけあって、近辺にはおしゃれな街も、華やかな建築物も何もありませんでした。あるのはノルマンディーの豊かな自然と、上陸作戦の傷あとのみ・・・。

ノルマンディー上陸といえば、第二次世界大戦時、ドイツ軍支配下にあるヨーロッパを解放するための連合軍とドイツ軍との決死の戦い。ここから現代のフランスへと直線的につながっているのか、と歴史の一ページを目の当たりにしました。

荒涼とした丘や海岸を歩き、風にうたれていると、この土地と対話しているようで、うら悲しい美しさを秘めたノルマンディーに、どうかそっとしておいてほしい、と語りかけられているような気がしました。

ところでノルマンディーって、女性名詞です。ノルマンディーを人に例えるとしたら、きっとクールビューティな女性だろうなあ。


1944年6月6日(上陸当日)、教会の広場で休む水陸両用戦車。

ノルマンディーの海岸地帯上陸の動き。

激戦地となったオマハビーチのアメリカ軍墓地。 歴史に殺された人たちの想いって、どんなだろう



映画「プライベート・ライアン」、観てみようっと!

2009年10月11日日曜日

てんやわんやの末、授業スタート

(ソルボンヌ図書館)

10月始め、ソルボンヌの授業がやっと、始まりました。
授業の履修手続きに案の定、大学院の事務所がてんやわんや。情報が錯綜し、生徒たちは混乱。説明会に行ったら、延期されていたり、授業開始日が突然、早まったり、遅まったり…。

こんなので授業にありつけるのやら、と不安になってしまいましたが、時間がたつにつれ、とるべき授業と教室、時間割が確定していき、解決。この国では、気長に待つことがやはり大切なようです。 毎年のことらしいので、誰も改善しようとしないのでしょうね~。

授業が始まったころ、遅まきながら、コース説明会がありました。うちの学科の教授陣4名が勢ぞろいし、初対面しました。なんだか一人一人が個性的でマンガチック、そして脱力系。

「我々のセクトへようこそ。ここはセクト、しかも軟弱なセクトでなく、強靭なセクトです。」
などとユーモアを交えながらスタート。

コース主任は言語学の教授ですが、彼は言葉を一つひとつ選び、噛みしめるように話します。フランス語として深く、美しく、聞き取りやすいのですが、言語学に関する知識が浅いだけに、彼の授業はちんぷんかんぷん。ただ、言葉に重みと深み、良いワインを飲んだときのような味わいがあります。

ちなみにソルボンヌ大学と言っても、あちらこちらに建物があるのですが、私の分野は王道・フランス語学科に属しているためか、大した教室移動もせず、常に本部キャンパスで授業を受けています。教室には一面に絵画がかかっていたり、図書館はきらびやかだったり、新設図書館も使えたり、、最高!

それでも講堂で授業を受けている最中に風が吹いてくると、窓がガタガタ。ガラスが枠から一枚、ガシャーンと落ちてしまいました。先生は一言、「あ~、先輩達の霊がいるのですね。」
う~ん、大丈夫か?

授業は週に16時間で、毎日あります。クラスは70人ほどで、全員、毎日、ほとんど同じ授業に出るので、友達は作りやすいです。また、なんと世界各国から、外国人が7割はいます。またフランス人の学生でも、フランス語教授法という分野上、外国人に興味のある生徒が多いので、雰囲気が良いです。
授業の苦労話は、また次回。

2009年9月5日土曜日

日本語クラス終了!



8月31日、やーーーーーーーっと! 3ヵ月間教えてきた日本語のクラスが終了しました!
初めは、生徒たちの真剣さ、質問の鋭さに圧倒され、教える日は朝からプレッシャーでうんうん、唸っていましたが、回数を重ねるにつれ、準備時間も減り、要領を得てきて、落ちついて教えられるようになりました。

でも、終わってみると、なんという充実感。嬉しいものです! 本当に単純なんですが、真剣に学ぶ生徒たちの姿が、かわいく思えてくるのです。(皆さん、大の大人ですよ。)教えるって、こういうことなのかなあ。

最後には、肉じゃがやスナックを用意し、打ち上げパーティをしました。肉じゃがの甘い味は、フランス人の口によく合うらしく、またアジアの生徒たちにも、なぜか懐かしがられました。

ちなみに興味深いことに、仏英西中日のクラスがありながら、最後まで生徒が残ったのは、フランス語クラスと日本語クラスのみ。しかもフランス語クラスには1人、たまに行く私を含めて2人。とはいえ、日本語クラスもバカンス中は一時、3人にまで減りましたが、最後には6人まで戻りました。

なぜなんでしょう、これは・・・。教え方がうまいわけではありません。友達には、先生が若い女性だからでしょ、と言われました(笑) ただ、生徒たちが真剣で、続きをまた妙に期待されているので、9月中はお休みで、10月からまた再開するかも、などと言っています。次は日本語で教えようかな?! 友人のアドバイスを聞きつつ、新たに思案中です!

ちなみに次の日曜日は、真剣に日本移住計画を検討しているアメリカ×ブラジル人カップルの相談にのってきます。日本は、こちらでは憧れの的です!

進路決定!

そういえば、進路報告を忘れていました・・・。先日、ついに進路を決定しました!
かなり長期間、迷っていましたが、結局、6月末に合格通知をもらったパリ第四・ソルボンヌ大学の大学院のフランス語教授法コースに進むことにしました。
他にもパリ三や五にも応募していましたが、すっかり行く気になっていたパリ三の事務所からは、どういうわけか、大学の仮入学許可書とフランス語試験の案内が届き、これは落ちたということなのか、単なる手違いなのか、夏休み中のオフィスに確認する手段もなく、悶々としていました。
またパリ五からは院の仮入学許可証と、9月半ばにあるフランス語試験の案内をもらったのですが、旅行の予定と重なっていたので、あっさり却下。
また色々な先生に相談した結果、四を薦められたりで、結局、2ヵ月も迷った結果、開かれた道に行ってみよう! というごく当たり前の結論におさまりました。
始まる前は形が見えないので、いつも不安になります。始まったら、その心配がおかしく思えるほどなのですが。パリ四は九月末から授業が始まるので、いよいよです。
あ、でもその前に、ずっとお預けだったバカンス。モロッコへ行ってきまーす♪

2009年8月30日日曜日

【裏パリ特集】夏限定パリプラージュ

パリの夏は、閑散としています。パリの夏は、ずばり観光客の皆様のものです。

なにしろ、フランス人は七月に入るとほぼ一斉に、バカンスへと旅立って行くからです。フランス国内で大移動が起きるイメージです。彼らのバカンスの過ごし方は、半端じゃありません。一夏に1度旅行するのは当たり前。中にはドイツ、ノルウェー、スペインとフランスを往復して、3度も旅行した友人がいます。彼女が長くバカンスで不在のため、バカンス中に恋人を変えた知人もいます。というか、そういうとこだけははやっ!

パリと言うと、行くべき所はたくさんありそうなものですが、毎日、美術館や観光名所をめぐる気にもなれず、外から観光客の友人が来てくれると、久々に観光客気分をもらってウキウキと観光できます。

でも、普段は街は閑散としているし、友人たちはいなくなったし、図書館は閉まっているし、イベントも少ないし・・・一体、どこへ行けばいいのだろう?
そんな退屈なパリジャン達のために、毎年6/20~8/20まで夏季限定、セーヌ河岸をビーチ化したパリ・プラージュが出現します。砂を敷きつめ、ヤシの木を持ってきてパラソルを並べ、屋台を出し、いかにもビーチ風にしています。恥という概念はこの国には存在しないので、もちろん、フランス人たちは喜んでサングラスと水着姿(または裸)で、体を焼きます。
夏のこのセーヌ河岸を歩いているだけで、様々な景色が見られ、気持ちよく、観光にもお勧めです。屋台を外れ、静かな場所を見つけ、足をセーヌ河にたらしてサンドイッチをほおばりながら本を読むのは最高! これは暑い夏しかできません。移動しない船上のカフェやバー、レストランも中心地 St-Michel の辺にあって割と安く入れます。

でも、郷に入っては郷に従え♪ 来年は私も七月早々、パリを退散しよ~っと。店舗の日曜営業を推進しているサルコジでさえ、26日も休みを取っているそうですよ。さすがラテンの国フランス。これでも先進国として、国がまわっているからすごいです。BRAVO!!

2009年8月23日日曜日

~フランス文化の旅~シャンパーニュ一日旅行


(フジタ礼拝堂)

8月初め、バカンス中のパリのあまりの退屈さに、シャンパーニュ地方に日本人の友達と日帰り旅行してきました。目的は2つ。エペルネ Epernay でシャンパン工場見学と、世界遺産の町ランス Reims を観光すること!

パリの北駅 Gare de Nord で当日券を購入し、9時半発の列車に乗ること約1時間、エペルネに到着しました。小さなかわいらしい町で、駅で簡単な地図をもらい、10分ほど歩くとモエ・エ・シャンドン Moet&Chandon のシャンパン工場へ到着しました。受付で見学を申し込んで少し待つと、11時からフランス語ガイドがスタート。日によっては日本語・英語ガイドもあるとのこと。

日本で見るシャンパンは、ほぼすべて Moet&Chandon ですが、来てみてビックリ。受付の対応から工場、ブティックなど隅々まで美しく配慮されており、一流ブランドとしてのこだわりを感じました。でも、それもそのはず。シャンパンを発見したのはここの創始者、ドンペリで知られるDomPerinionなのです。放置したワインが発泡していたことから、シャンパンの製造工程を発明したそうです。後にMoet&Chandon が設立され、ナポレオンや貴族にも愛飲されました。徹底した品質管理や味を保つための工夫など、日ごろパリで生活しているだけでは知ることのできない、フランス文化が作り上げられてきた裏方の部分を見て、フランス人の繊細な感性に圧倒されました。こうして毎日同じ作業を積み重ねて、時間とともにゆったりとこの国の文化が醸成されてきたのだな~。
最後は試飲をして、大満足。
ちなみにドンペリ氏は修道士だったと後で知って妙に納得。工場内にキリストを抱くマリア像がまつられていたり、ドンペリの像と一緒に撮った写真におおきな光の冠ができていたり。な~んだ、てっきり自分の天使の輪っかかと思った!(笑)

さて午後は、ここから15分ほど電車に乗ってランスへ。ランチに好物のエスカルゴを食べて腹ごしらえ。ランスは割と大きな町で、世界遺産の教会や美術館がいくつもあります。ランス大聖堂や、藤田儀嗣(つぐはる)の建てたフジタ礼拝堂、そしてフジタが感銘を受けたサン・レミ聖堂をめぐりました。
とりわけ良かったのは、フジタ礼拝堂。内部撮影禁止でしたが、礼拝堂全体に新約聖書の世界が独特なタッチで描かれています。

フジタは1917年、27歳で日本の画壇を飛び出し、フランスの画壇でほどなく大成功をおさめ、ピカソやモディリアーニなどと親交をもった画家。5度の結婚をしたり自由奔放に生きるも、晩年にカトリックに改宗し、フランス国籍をもらい、ついにはフランスの地に骨を埋めました。フランス絵画の影響を受けつつ、それでいて淡い色遣いと日本の浮世絵の曲線を思わせる彼の生涯最後の渾身の作、それがこの礼拝堂でした。礼拝堂の設計も自分で行ったとのこと。
フランスに生活する中で、彼の内面で一体、どのように変化が起きていったのか。その生きざまとやがて行き着いた信仰とに思いを馳せながら・・・この旅は終了しました。

2009年8月8日土曜日

日本語の禁断症状

気がつくと1ヵ月もブログを放置していました・・・。というより、自分の中でブログを書く理由が不明確なため、書きませんでした。なぜ書いているのでしょうか。これも経験? 近況報告? 誰かの役に立つ? 文章力があがる? どの理由もしっくりきません。ただなんとなく、今は書くべきだ、という声に従って書いているように思います。もう少し、続けてみます。
ところで最近、面白いことに、日本語の禁断症状がでています。

フランス語の波に浸かっているせいか、「日本語」で読みたい、そして思考したい!!!!! と強く欲するのです。それはもう、喉がかわいて水が飲みたくなるのによく似ています。衝動的です。

その欲求はちょうど、フランス語で夢を見出した頃から始まりました。初めは日本語とフランス語の混ざった夢、そしてすぐにフランス語のみ、または日本語のみの夢・・といった具合に。

と同時に、日本語の渇きに堪えられなくなり、わざわざ日本語の本が手に入る図書館や書店を見つけだして、読みに行ったり。週末などでそれができないときは、日本語のニュースやブログを見つけて読んだりしています。また日本では決して理解できなかった村上春樹に手を出したり! なんなのでしょう、この変化は…。

ということで、パリで日本語の本が手に入る図書館または書店をあげておきます。

*パリ日仏文化会館
*天理日仏文化協会
*エスパス・ジャポン
*BOOK OFF
*JUNKUDO

もう少しの間、この状況を逆手に取り、今まで苦手だった作家にも挑戦しようと思います。 ちなみに、ここにない本は、どうしたらパリで安く手に入るでしょうか? どなたかご存じでしたら、教えてください!

心理学をよく知りませんが、このことはきっと無意識のレベルにまで、フランス語が浸透してきたということかな、と思っています。そしてその無意識の世界で侵されようとしている日本語の世界(よりアイデンティティに近い)が、新たにやって来たフランス語の世界に対抗して、こんな現象が起きているのだ、と分析しています。
でもそのせいで、フランス語の伸びがやや停滞しています。だって、本当に日本語の本を手離せないのです! 同時に、フランス語の本にも挑戦していますが、日本語量の比じゃありません。

ただ不思議なことに、日本語シックはありますが、日本シックはありません。たぶん、私にとって日本はずっと生きにくいと感じてきたから、代わりに日本語シックが出てきたのかもしれません。 言語って、その人の人格形成やアイデンティティと深く関係していますよね。探ってみたら、面白そう♪

はぁ~、日本語、大好き☆☆☆

2009年7月23日木曜日

【裏パリ特集】アラブ世界研究所



イラク~レバノン、モロッコなど、アラブ20カ国の文化や歴史を紹介する、5区にある総合施設です。アラブ関連の資料を集めた図書館や美術館、レストラン、カフェ、お店が入っています。こちらもジャン・ヌーヴェルの建築で、1987年に建てられたのに未だに斬新です。

写真の不思議な窓は、アラブの幾何学模様。なんと、日光の射し込み具合によってシェルターが自動開閉し、光を調整するそうです。計1600枚の小さなアルミのパネルで出きています。いったいどんな仕組みで動くのか、間近で見ても、まったく理解できませんでした。それにしても、なんて奇抜なアイデアなんだろう!
施設の中で、意外とオススメが美術館です。規模は小さいですが、アラブ独特の白や青をベースとした洗練された陶器、絵画、装飾品、絨毯などが見られます。ミッテラン元大統領の企画で建てられた有名な施設なのに、なぜか観光客が少ないので、静かに味わえるのもイイです。

個人的には、ここの図書館も好きです。フランス的な厳かな石造りの図書館で勉強するのは未だに慣れないのですが、ここはモダンで日本の図書館に近い感じなので、落ち着きます。
屋上はアラブ料理のテラスレストランになっているので、そばに流れるセーヌ川を見下ろしながら、クスクスやファラフェル(ひよこ豆のコロッケ)を食べたり、ミントティーを飲みながら、優雅に食事できそう~♪
観光地の喧騒に疲れをおぼえたなら、ぜひ休みに来てください。

【裏パリ特集】ケ・ブランリー美術館

日本では、電通ビルを建てたことでも有名なジャン・ヌーヴェルの建築と展示物のテーマが気になり、先日、ようやく行ってきました。
2006年にセーヌ河岸にできた、ワイルドな庭に囲まれたポップな建物の、民俗資料の美術館です。バルザックの隠れ家からも程近く、裏手にはいわゆる16区的な個性派高級アパートが立ち並んでいます。
美術館には、ヨーロッパ以外、つまりアフリカ・アジア・アメリカ・オセアニアの古代の民俗物がわんさか、並べられていました。地域ごとに分かれていて、関連する音楽や映像が流れており、古代にタイムスリップしたかのような気にさせてくれます。

パリに来てからずっと行ってみたかったのですが、本格的すぎて、最後の方は完全に近代化されている自分の存在がむしろ不思議に感じられるほどで、酔ってしまいました。「現代に生まれて良かった。早く現代に戻りたい」と本気で思いました。でも、ここまで圧倒的力強さで古代文明を体験させてくれたこの美術館、オススメです。ヨーロッパ文明に飽きた方は、ぜひ訪れてみてください。

ちなみに毎月第一日曜日は、パリの殆どの美術館が無料になります。

2009年7月21日火曜日

フランス革命記念日

7月14日はフランス革命記念日でした。
エッフェル塔前で花火が打ち上げられるので、友人と行ってきました。
加えて今年はエッフェル塔建設120周年記念なので、例年より華やかな様子。
21時からの打ち上げなので、エッフェル塔前に広がるChamps de Mars 公園で場所を確保するため、夕方に集合・・・のはずが、友人がなぜか集合場所を間違えて、しかも電波を管理されているのか?、携帯がつながらず、家に帰って連絡を取りなおし、19時過ぎにやっと集合しました。
陣取ってくれている教会の仲間に合流するはずも、結局見つからず、2人で見ることにしました。と言っても、見渡す限り、人、人、人です! 

この日は街中、お祭り気分。エッフェル塔近くは大混雑が予想されるので、人の流れを管理するよう、近くのメトロ駅が閉鎖されたり、警備員が立ち並んでものものしい感じです。

でも、それも無理ありません。革命記念日はフランス人にとって、一大イベントです。何しろフランス国民、王様の首をちょんぎってしまったことに誇りを持っています。「近くのイギリスやベルギー、スペインは今も王国だけど、日本ってまだ王様いるの?」とフランス人に何度か聞かれたことがあります。ストライキを起こす権利もバカンスをとる権利も、「自分たちで獲得した」という意識を持っています。
だから、定時を過ぎたら堂々と働かない(職業にもよりますが)し、バカンスも当然のものとして取るし、ストライキもします。彼らのこの自由の精神には驚かされますが、フランス革命について知ることで、この国のあり方になるほど、と納得します。この国の自由の空気は、やはりフランス革命の上に成り立っているのだと思います。

ちなみに公園にはコンサート会場と大きなスクリーンが設置され、フランスの長年の国民的ヒーローのロック歌手Johnny Hallidayが歌い始めました。コンサートが終わると音楽と花火とともに、エッフェル塔に光の絵が時代ごとに映し出されていました。

以下に色々なエッフェル塔をご紹介。


2009年7月5日日曜日

夏真っ盛りBBQ!

パリもいよいよ暑くなってきました。もともと涼しい街なので、暑さ対策ができていない分、大変。
メトロの中は、窓が開いていても、人の熱気と体臭でもわ~っとしています。先週は毎日30度を越えていました。でも今が一番暑い時期で、この暑さもあと3週間ほどでなくなるそうです。マダムもルームメイトもフランス人の友人たちも、長いバカンスへと旅立ってしまいました。私はまだパリを十分知らないし、8月半ばまで授業を取っているので、それまで独り、パリ生活を楽しむつもりです。

週末は日本人の友だちの送別会に行ってきました。パリのサン・ラザール駅から北に30分ほど行ったところにある、郊外の町 Herbay。北の郊外はどんなものかな、と思っていましたが、可愛らしい家が立ち並んでいて美しく、小旅行をした気分になりました。狭くても絶対パリ派、もいますが、広いゆったりとした暮らしを好むパリ郊外ファンもたくさんいます。

今回は日本人の集いで、和風BBQをしました。オレンジ色のお家に到着すると、既に準備が始められていました。お庭には、スモモやブドウ、イチジク、リンゴの木などが生えています。生い茂る緑の合間からは、セーヌ川が臨めます。日が落ちたあとは、人生初ホタルを見ました! う~ん、郊外もなかなか。懐かしの焼きおにぎりや、ジャガイモ、鳥や豚の串焼き、ソーセージやレバーをなんとなく焼き始め、食後はスイカとケーキをいただきました。遅れてきた人用に第二弾も始まり、結局、延々と食べていました。

ところでBBQ、アメリカから始まったものですが、その国のお国柄が出て面白いです。
パリ南郊外に住んでいる友人宅のアメリカンBBQによく行きますが、マンガに出てきそうな、豚・牛・鶏・羊の肉の巨大な塊が順番に焼かれ、小さく切り取るのに大変です。さらにサラダや持ち寄った料理が所せましと並べられ、冷蔵庫や貯蔵室からは、ジュースやワイン、ビールなど取り放題。最後にはワッフルとアイス、その他もろもろのお菓子でシメ! これはこれで、豪快で好きです。ちなみにこのご家庭、失業前の去年の夏は毎週末、BBQをしていたそうです。

実は、この翌日もパリ西郊外でカナダ風BBQに誘われていたのですが、だらだらと食べ過ぎたため、胃もたれが・・・。残念ながら、カナディアンBBQは次回に取っておきます。
そういえば、フレンチBBQにはまだ行ったことがありません。シーフードBBQをしたという話を一度、聞きましたが、いまだに家庭でも順番に料理が出てくるフランス・・・彼らは本当にBBQをするのでしょうか? 機会があれば、レポします!


2009年6月27日土曜日

合格通知

パリ第4大学(ソルボンヌ)の大学院から、思いがけず、合格通知が届きました!

ソルボンヌ大の主催する語学試験にぎりぎりの点数で合格後、書類提出。その後、面接もなく、1週間での結果到着でした。「そろそろ面接対策しなきゃ、ていうか面接あるの?」と思っていた矢先だけに、拍子抜け。面接は学科にもよるようですが、なんだか審査までゆる~い感じ。きっと中に入ってから、たくさん振り落とされるんだろうな。それでも勝因を分析するなら、同じ分野での社会人経験と推薦状がかなり効いた気がします。

ちなみに、日本を発つ時は文学研究に惹かれていましたが、文学は趣味の域に留めておくことにし、大学院ではフランス語教授法を学ぶつもりです。

もうすこし情報収集してから判断するつもりですが、実は本命の大学院の審査は9月にあります。 なので、まだあまり気を抜けません。それに10月からの授業についていけるよう、フランス語も大学院レベルに上げなくっちゃね!

以上、盗難に遭った翌日の朗報でした♪

2009年6月25日木曜日

マグレブの気持ち

盗まれたカバンが返ってきました。昨日、ある女性から留守電があり、カバンを預かっているので来てほしい、とのメッセージがありました。怪しいので、私服警官3人を連れて指定された住所に行ったところ、そこはカフェで、ほぼキレイな状態でカバンを手渡されました。中を見ると、結局、盗まれたのは金目のものと鍵でした。

私服警官たちは、よほどお腹がすいていたのか、カフェでカバンを返してもらえることがわかった途端、喜び勇んで夕食をとりに行ってしまいました。事情聴取もしないのか。はぁ~、フランスです(笑)

カードを使われた店名から、犯人はマグレブの人(モロッコ、アルジェリア、チュニジアの北アフリカ3カ国)であることが分かっています。 そして、カバンの中をよく見ると、若い女性の証明写真が1枚・・・・。フランス人ともマグレブの人とも見分けがつきにくく、遠方に住んでいる犯人の家族なのやら、どうなのやら・・・。

返された物を見て、なんだか哀れになってしまいました。盗んだことで犯人が実際に儲けたのは、50ユーロかそこら。毎度のことで分かっているでしょうに、リスクをしょいながら、その程度のお金を盗まないと、彼らは生活していけないのだろうか・・・? だとしたら、フランスの社会システムには大きな問題があると言わざるをえません。

ハイチ出身の友人(中央アメリカの旧植民地。彼らはまとめてクレオールと呼ばれている)は、「黒人にとって、人生は本当に生きにくい。白人の友達はたくさんいるけれども、彼らが憎い。植民した上、今でも自分たちを危ない、劣ったものと見なしている。部屋探しをしても、黒人と分かった途端、断られる」と言っていました。

フランスは究極的にはフランス白人のもの、なんでしょうけれど、そもそも、アフリカや旧植民地が戦争や貧困で混沌としているのは、白人たちが侵略した打撃があまりに大きく、未だ受け止めきれていないからではないのかなあ・・・。

解決の糸口が見つかるまで、今回の件はしばらく寝かせておこう。

2009年6月21日日曜日

盗難に遭った!

先日、なんと盗難に遭いました!!!!

いや~、間抜けにも、カフェでバッグを盗まれたのです。
繁華街 Chatelet のカフェのテラス席で大きめのカバンを右隣のイスに置き、左側にいる友人と話していたところ、気がつくとなくなっていました。カバンの置場が他になく、嫌なシチュエーションだなぁ、と思っていたところでした。

バッグには、なんと携帯電話に Ipod、定期券、カード4枚と滞在許可証、鍵、個人情報の記載された手帳が入っていました。そもそも日本にいるような感覚で、こんなに持ち歩いていたのが間違いです!

帰宅してすぐに日本のクレジットカード会社に差し止めたところ、早速50ユーロ、ネット購入で使われていました。もちろん、保険はおりますが。
さて翌日は警察に行き、臨時滞在許可証の発行をしてもらい、フランスのカードと定期券、携帯電話を差し止め、家の鍵を交換しました。今や電子機器関連は、遠隔操作で全て無効にし、再発行できますが、鍵はどうしようもありません。そしてこの鍵の交換が何より、高くつきました! 

私の場合は明らかに自分の注意不足ですが、パリでの盗難被害はよく耳にします。 友人でも、以下のような被害に遭っています。ご参考までに。

●日本人の女の子がメトロ乗車時、入口を男3人にふさがれ、あっと言う間にカバンを開けて財布を取り出し、ドアの閉まる直前に飛び降りていった
●音楽祭の日に、日本人の女の子が道端で軽く殴られ、鞄を持って行かれた
●フランス人男性が白昼堂々、道を歩いていて2人組に後ろから体を押さえつけられ、現金を盗まれた
●フランス人男性が通りで仲良くなった友達を家に招いて一緒に飲んでいたところ、眠りこけてしまい、朝、気がつくと財布を盗まれていた
●教会のカフェに、去年、男が2度、押し入り、パソコンを持ち出していった

ぶっそうですね~。でも、出来る限りの注意をすることで避けることはできるはず。けど何が一番大事って、です。あ~、体に危害がなくてよかった~。そういえば日本で生活していて、盗難に遭った人などお目にかかったことがありません。日本は、やはり特別。

お~~、今後、気をつけようっと!

2009年6月14日日曜日

エッフェル塔の楽しみ方

そういえば、あまりパリらしいことを書いていないので、たまにはパリらしいネタを。

先日、学校の1学期が終わり、打ち上げとクラスメートの誕生日会を兼ねて、エッフェル塔隣りの Parc du Champs de Mars (「3月野原の公園」?)でピクニックをしました。気候がいいので公園には若者がいっぱい! 更に週末は夜中の2時まで電車が動いているので、みんなで宵を楽しみました。

エッフェル塔が1時間に1回だけ瞬いていました。ああ、美しい!! エッフェル塔は上るよりも、実はこうして親しい人たちとくつろぎながら愛でるのが本当の楽しみ方だ、と知りました。

ところで私、うわべだけをなぞる感じの観光旅行があまり好きでなく、そう思って学生時代にパリでしたホームステイでひどい目に遭ってから、フランスが嫌いでした。けれど『フランス語』が大好きで、言葉を勉強するにはあの国はやはり避けて通れない、という感じで、その後も短期留学に来たり、両親に付き添って来たり・・・。でも、不思議と行く度にフランスのイメージが少しずつ上がっていきました。

そうして、住んで言葉を学んでみると、実に面白いです。観光客のときには見えてこなかったフランス人の素顔が見えてきます。それは、実は日本人によく似ていたり・・・。今では、この一筋縄ではいかない、歴史ある、奥深い国が大好きです。

ちなみにパリに来られるなら、5~8月をお勧めします。気候が良く、機嫌の良いパリに出会えますよ~★(いつも気まぐれで、機嫌がわるいことが多いので)

2009年6月13日土曜日

パリの小日本?

最近、パリでも雨が続いています。夜中、屋根に滴る雨音でめざめ、ふと、日本の梅雨を思い出しました。しとしと降る雨音って、なかなか美しい。・・・この感性、やはり日本的ですね。 食事も毎日、フランス料理でしたが、そろそろ健康が気になりだし、少しずつ日本食に切り替えています。

そんな中、教会の友人が語学クラスを企画し、教会の持つカフェで週1回、ボランティアで日本語を教えることになりました。 ほかに英語・フランス語・スペイン語・中国語の授業が一斉スタートしました。まずは6~8月までの夏学期間のみ。

大勢の前で教えたことはなく、しかもフランス語で日本語を教えるなんて! とても勇気がいりましたが、教会で唯一の日本人なのと、これまで語学教材を編集してきたこともあり、興味をそそられたのとで、喜んで引きうけました。

ビラ作りに始まり、日本人街 Opéra に貼り紙までして生徒を募ったところ、日本語クラスには定員オーバーの10人の生徒が登録してくれました。最近、パリでは日本ブームは過ぎ去り、今は中国ブームにもかかわらず、です!

さて、初回の授業には、フランス、アメリカ、ブラジル、韓国、中国の人が来てくださいました。意外にも、日本語クラスだけが盛況で、しかもみんな真剣です。日本語を学ぶ理由はさまざま。仕事で日本と取り引きしている、奥さんが日本人、日本映画を字幕なしで見たい、いつか日本に移住したい、などなど。

すこし緊張しましたが、まずは挨拶・自己紹介の仕方を教え、無事に終わりました。感想としては、『ひぃ~、教えるのって難しい! しかもフランス語で! 来てくれた皆さん、ありがとう。』という感じです。もともと教えるセンスはないと思うので、これはもう、自分のフランス語力を高め、教えるスキルを磨くしかありません。でも、なぜか楽しくて仕方がないので、大学院に入ったら日本語教師の勉強もしようかな?

自由献金で、一人5ユーロほど募らなくてはならないので、来てくださる生徒たちに毎回、良いものを提供できるように。最後の打ち上げパーティでは、日本語で簡単な会話ができるように。

こんなチャンスはまたとないので、スキルアップに励みます!!















↑早く着いた中国人の生徒

2009年5月16日土曜日

おもわぬ進展

5月に入り、なにやら急に忙しくなりました。

フランス語テスト6つ、大学院の出願6つ、さらに最近は大学の授業も聴講しているので、追われています。出願書類にはフランス語の法定翻訳が必要なので、翻訳者を見つけてわざわざ会って依頼したり・・・。でも、こんなひとつひとつのことが、とても勉強になっているな、と感じています。

ところで今日は、うれしいお知らせがあります! クラスメートの台湾人が、今月末、越してくることになりました。10月からスタイリスト学校に通う23歳。まだきゃぴきゃぴしていてかわいらしく、妹のような感じです。 ちなみに間取りは、3LDK+2浴室。2ヵ月間、大家さんのマダムと2人で住みましたが、空いている大部屋の借り手を探していました。前にも、この子が越してくる話があったのですが、大家さんと彼女のそりが合わず、立ち消えとなっていました。

今回、彼女が急きょ、越してくることになったわけは、フランス人のルームメイトと合わないから。パリの住宅事情はなかなか厳しく、またそこに住む人々もなかなか変わっていて、辛辣な話をよく耳にします。税金を払わない闇大家や又貸しはざらです。物価も高いので、光熱費の節約を要求されるのは普通です。うちのマダムはしっかりしていますが、やはり変わった人で、慣れるまでに時間がかかりました。相手の考え方やペースがわかった今は、ずいぶん快適ですが。 マダムにしても、今は学期途中で入る人が見つからず、自腹で家賃を払っていたので、今回の話は2ヶ月間、間をおいた結果の、お互いの妥協と歩みよりによるものでした。

ちなみにここ16区はパリの高級住宅地だそうで、治安がよく、とっても静か・・・。隣りには古城の庭のような芝生と、なだらかな斜面の美しい公園があります。なんだか、とっても優雅な気分・・・。なのに家賃は留学生用手当がついて、月250ユーロ! フォーク1本までそろっているので、越してきて買ったのは、スリッパと中古プリンタのみでした。東京で引っ越しのたびに、家具を廃棄していたことを思うと、エコノミカルかつエコロジカル、のダブルエコです。じっくり選ばせていただいた甲斐がありました。

まずは、この進展に感謝! 来月は、マダムが私たちを車でパリ案内してくれることになっています。また、報告しまーす♪
(上の写真はダイニング。図書館代わりに勉強しています。下は玄関。きれいでしょう?)

2009年5月4日月曜日

ドタバタな誕生日

先週、パリで初めての誕生日を迎えました。
平日だったので、クラスメートとささやかにお祝いしようか、と思っていたのですが、なんとフランス人の友人・ダミアンと同じ誕生日であることが発覚し、それならば、と彼が急きょ、企画した誕生日会に参加させてもらいました。

何しろこの企画、突然だったので、当日はドタバタでした。友人には前日夜に招待のメールを流し、ダミアンと彼の友達一人が当日、買い出しにでて・・手伝いを申しでたのですが、二人はパーティの開催時刻、きっかりに戻ってきました。まあ、こんな流れ、フランスでは当たり前ですっかり慣れっこですが!

ダミアンは東洋言語文化大学・日本語学部の学生なので、今回、日本食と中華でお祝いしました。 寿司作りを任された私は、来仏して間もない台湾人男性をアシスタントに、ひたすら寿司を作りつづけました。というのも、彼が唯一、定刻どおりに来てくれたから! フランスでは、ホストがぎりぎりまで準備するため、パーティに遅れてくるのは常識なのですが、この日は彼の無知が功を奏しました。

寿司を巻いて、巻いて・・・2時間が経ち、9時半にさしかかったころ、ようやく人が増えてきました。当日は、雨が降ったりやんだりするおかしな天気だったにもかかわらず、私の友人も4人、駆けつけてくれました。 フランスに来た当初は誰一人、知り合いがいなかったのに、今はこんなふうに祝われるなんて! そう思っただけで、嬉しくてたまらない、喜びの大きな誕生日会でした。

ちなみに私、28歳になってしまいました・・・。日本では年相応か、それ以上にしっかりと見られますが、こちらでは23,24歳に見られています。しかもアジア人の血が入ったフランス人に見えるそうです。もういっそのこと、フランス人学生になりすましちゃえ~?!
(右上の写真、不思議な後光が差しているのが主役、ダミアンです。とっても勤勉な学生です)

2009年4月25日土曜日

おじいちゃん、見~つけた!

パリに来て部屋探しをしていた当初、ある大家さんのおじいちゃんと知り合いました。
77歳のボランティアフランス語教師、ムッシュー・ディゲ。77歳と思えないほど、しっかりしています。日本好きで、おじいちゃんの日本語を学び続ける姿勢には敬服させられます。

おじいちゃんの貸す部屋は、自然なアジアンテイスト。なのに凝っていて、とってもセンスがいいのです。 銀行で働いていた当初、世界を旅しながら集めた品々が、まるで小さな美術館のようにさりげなく陳列されています。
サクレ・クール寺院近くで格安の部屋なのに、予算を少しオーバーしていたため断わってしまい、後悔していたことから、おじいちゃんと再会するようになりました。

それ以降、週末、ランチに招かれ、言葉を教えたり、パリの裏街道を案内してもらったり、美術館や映画に行ったり、60年前の戦時中の写真を見せてもらったり・・・一緒に過ごしています。

コチラは、前菜のグラタンとおじいちゃん。
この日は山盛りの牡蠣をご馳走になりました♪

私自身、おじいちゃんがいた記憶は殆どないので、本当のおじいちゃんのように慕っています。 おじいちゃんも孫娘のように(?)かわいがってくれ、私の話す拙く、美しくないフランス語を忍耐強く聞き、訂正してくれます。

人との出会いは、宝物ですね。 感謝!

2009年4月19日日曜日

パリジャン魂に畏れ入る

先週から2週間のイースターバカンスが始まりました。 授業が一区切りした先週末、友人に誘われ、パリ大学の学生の企画するピクニックに行ってきました。

「パリでピクニック?近くに山はないし、あっても登るの面倒だし、公園でピクニックじゃさえないし、しかも、橋の上で20時に待ち合わせって、一体??」
とハテナマークで頭の中をいっぱいにしながら、行ってみました。待ち合わせは、ルーブル美術館に面する Pont des Arts (芸術の橋)の上!↑

20時過ぎに橋に着いてみると、学生のグループがちらほら。友人に連れられて着いたグループは・・・なんと、橋の端にゴザもしかずに座り込んで、飲み食いしています。そう、これがそのピクニックでした。若干、引き気味になりながらも、仕方なくクラスメートと買い出しに出て、戻り。そのうち、ギターを引き出したり、歌いだしたり、踊りだしたりする学生も。 よく見ると、他のグループとも顔なじみのようです。

「やはり学生、若いね~バカンスに入って解放されたのかな~。勉強、大変なのかな~」とやや冷め気味だったのですが、21時を過ぎた頃から日が沈み始め、次第に暗くなり、その醍醐味を発見しました★

そう! 橋の上で、敢えて飲む理由。それは、様々な色に光り輝くエッフェル塔や、映画『ポンヌフの恋人』にも使われた隣の橋(Pont Neuf)や、セーヌ川を時折、すぎゆく観光船のイルミネーションを肴にして飲むためなのです!これは、確かに美しい!そして、とても粋っ!思わず写真に撮りましたが、まったくうまく収まらず。

日本では4月にお花見をしますが、同じように、パリでは暖かくなったことを喜び、イルミネーションを酒の肴にするのです。パリにも桜はあるけれど、日本のものと違い、つぼみが大きく、あまり散りません。 なので、愛でるほどには、美しくないのですね。 東京だと、神楽坂の町を歩いたときに感じる江戸っ子魂、ならぬ、パリジャン魂に畏れ入った夕べでした。
(ちなみに彼らは朝まで飲み明かしたそう!)

2009年3月29日日曜日

2ヵ月経過!

ご無沙汰しています。文字が小さかったので、大きくしてみました。コメントも誰でも書きこめるようにしたので、みんな、遠慮せず書いてくださいね~♪♪

今日からサマータイム、公的には夜中の2時に時間を1時間遅めることになっていました。 今朝目覚めて、やった1時間、増えた!と思ったら、いや実際には1時間減ったのでした。 う~ん、算数(?)はいまだに苦手です。

3月末になって、パリもようやく暖かくなり、青空もよく見えるようになりました。 と言っても、4月中も厚手のコートがいりそうですが、咲きだした花々(桜もあります!)や、公園に日光浴をしに来る人たちの姿や、街がどことなく浮き足立っているのを見ると、春を感じます。う~ん、春のパリも最高!!

初めは風邪を連発したり、手続きごとにやたらに時間がかかって、よく疲れていましたが、パリに来てはや2ヵ月が経ち、風邪も手続きもほぼ終わり、ようやく日本にいた時の9割の体力と精神力で過ごせるようになりました。

学校では、愉快な仲間たちに囲まれています。左の写真は、最近よくクラスメートと行く、近くの学食ランチ。サンドイッチ1個買うよりも安い値段(2.5ユーロ≒360円)でお腹いっぱい食べられます!この写真では、珍しく少なめに取ってみました。

ところで、この学食。一般の人も入れますが、基本的に学生専用なので、昼に行くとフランス人学生がわらわらいます。なので当然、異文化体験もします。 初めてクラスメートと行ったときのこと・・・。
とてもおとなしく真面目そうなフランス人の男子学生と同じテーブルになり、会話していました。

「名前は?」
「ティモテ(Timothé)」
「何を勉強してるの?」
「法律」
「クラブ活動は何してるの?」
「ゲイクラブ」
「…?!」

どうやら冗談でなく、本気で言っているようです。他の子に英語でも確かめたので、聞き間違いではありません。 そして二重に驚いたのがクラスメートの反応。

「なんで驚くの?そういうのは、個人の嗜好だよ」

(うーん、そうかなあ。ケーキとチョコ、どっちが好き?というのと同じレベルかなあ・・。)←と心の中で思う。

フランス人の同性愛者の多さは、渡仏前、映画で見ましたし、噂に聞いていました。で、メトロやカフェでよく注意していると、たまにそれらしきカップルが男女問わず本当にいて、どこに目をあててよいか分からない時があります。 クラスメートのモデルのようなブラジル人も同性愛だと聞き、初めはドギマギしてまともに話せませんでした。今ではすっかり仲良くなりましたが。

フランス、特にパリには本当にいろんな国籍の人がいるので、同性愛に限らず、こういった違う価値観に出くわし、驚いたり、戸惑ったり、受け入れたり、考えたりしながら、楽しんでいる今日この頃です。

2009年3月10日火曜日

引っ越し

                   
日曜日、ついに引っ越してきました! 今は、大家さんのフランス人のマダム、借家人のフランス人の女の子と一緒に住んでいます。 が、ホームステイとは違い、あくまで貸し部屋なので、用事のときや台所などで会ったときを除き、接触はほとんどあ
りません。 そのフランス人の女の子も、今月末で部屋を出ることになっています。


引っ越し当日は、ちょっとしたトラブルがありました。学校の台湾人の友達が、空く予定の部屋を見学したいというので、早朝に駅で待ち合わせたのはいいものの、急きょ、マダムから入居時間を夕方に変更してほしいとの連絡がありました。その理由は、「子供と孫たちが家に来たので、今から一緒に出かけるから」!

Non と言えるニュアンスでもなく、結局、スーツケースと共に近くの MacDonald's で半日時間をつぶすことにしました。日曜日はパリと言えど、殆どのお店が閉まっているのです。お蔭で翌日までぐったり、2人とも学校を休んでしまいました。
あぁ・・・パリの人達の仕事に対するやる気のなさ、そして気まぐれさ。これはなかなか笑えるのだけど、まさか、こんな日まで! まあ、すっかり落ち着いた今となっては、これも楽しい思い出かな。

上の写真は、前日にステイ先のご家族と行ったマルシェで。
最後の晩餐には、お別れパーティをしてくださり、本当に感動的な時間となりました。この思い出は、きっとずっと、忘れることはありません。この言葉を実感しました。

『いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。 その中で一番すぐれているのは愛です。(聖書:1コリント13-13)』



自分もいつか、こんな風にもてなせる人になれたらいいな。子供たちとの別れは特に寂しかったけれど、また教会でも会える、ということで互いに納得しました。

2009年2月25日水曜日

Un jour tu verras...

2週間前から、パリ大学に付属している語学学校が始まりました。
なんと、毎朝8時~10時まで文法の授業が入ったのでまだ暗いうちに、ステイ先のご家族に見送られながら、家を出ています。
ていうか、なんて、あったかい家庭!

授業はというと、やっぱり名門なだけあって、質が良いです!  始まる前の心配が馬鹿みたいなほど。

文法・発音・講義の3点セットになっています。 発音では、録音した自分の声を聞いて矯正したり 、講義は大学の講義形式で「20世紀文学」とか「フランス映画」、「フランスの政治」など自由に出席できます。

それはさておき、この間、すごく美しい歌を習ったのでご紹介。
コチラの1曲目です。
http://www.youtube.com/watch?v=AO7KnoDdJyE

Marcel Mouloudji のUn jour tu verras (訳すと「いつか、どこかであなたに会えたら」)という曲で、有名な Edith Piaf と同じ1950年前後に流行った人です。 男性なのに女性のような声、 そして訳すのが恥ずかしくなるほどロマンチックな歌詞です。
こんな曲、学生の頃は理解できなかったな・・・

Un jour tu verras
On se rencontrera
Quelque part, n'importe où
Guidés par le hasard

Nous nous regarderons
Et nous nous sourirons
Et la main dans la main
Par les rues nous irons

Le temps passe si vite
Le soir cachera bien
Nos cœurs, ces deux voleurs
Qui gardent leur bonheur

Puis nous arriverons
Sur une place grise
Où les pavés seront doux
A nos âmes grises

Il y aura un bal
Très pauvre et très banal
Sous un ciel plein de brume
Et de mélancolie

Un aveugle jouera
D' l'orgue de Barbarie
Cet air pour nous sera
Le plus beau, le plus joli

部屋が見つかった!

しばらく日本ではひかないタイプのひどい風邪をひいていました。 治って良かった~。

ついに部屋が見つかりました! 来月から引っ越します!
16区にある貸し部屋。16区は、日本人が多い閑静な住宅街。
閑静というか、アパート以外、本当に何もないよ・・物価も高め。

けど治安が良く、駅から7分、中心地の学校までアクセス20分。落ち着いた場所です。
月450ユーロで、外国人留学生用の手当金allocationも出るので、満足しています。
契約段階で判明したのですが、人を泊めるのは禁止、訪問はOKだそう。
なので日本から誰か来ても泊めてあげることができません。 ごめんね~残念!!

貸し部屋、というのは文字通りで
マダムが住んでいるアパートで空いている2部屋のうちの1つを借ります。
パリは常に住宅難だから、こんな方法も一般的です!

2009年2月9日月曜日

部屋探し、その後・・・

はや2週間、借りていた部屋から出る日が来ました。 おととい、頭に雪を被りながら、プチ引っ越しをしてきました!

次のステイ先は、知り合いに紹介された、とある日本人ファミリーのお客様用のお部屋。正式な住まいが見つかるまで、滞在させていただくことになってるのです。
(←こちら)

部屋は綺麗、食事は美味、子どもたちに懐かれ、もう出たくなくなりそう♪
理想的な家庭を目の当たりに、将来の勉強にもなっています。
それにしても、なんて、寛大なんだろう!

部屋探しの状況はと言うと、 5~6件、見学したけど、予算も予算なので、帯に短し、たすきに長し、という感じ。 一通り見て相場もわかったので、そろそろ妥協するつもりです。

ひたすら独り、部屋探しをしていた中、やはり励まされたのは人との出会い。 紹介などで知り合った人のお家に招かれ、手料理をいただき、話を聞いたりして過ごしてました。

明日また、もう1件、頑張ろうっと!

2009年2月5日木曜日

ブログのモラル

日本の両親にブログについてダメ出しをもらった。 要は、もう少しセキュリティを厳しくしなさい、ってことかな。
みんな、ブログのモラルってどう考えてるのかな? 普通に家族写真まで出しちゃう人もいれば、自分の日記のごとくすべてぶちまける人もいる。中には、人の悪口まで…!

私は、フランスに来て初めてブログというものを始めてみたけれど、実は、ブログを書くことが恐ろしくてしょうがない。

大して誰も見ないってわかってても、書いた言葉にどうやって責任を負うのか?
誰かを傷つけるのでは? 自分の足元をすくわれるかも? 
文章を安売りしていいの? ストーカーされたら?  ・・・などなど、考えだしたらきりがない!

ちょっと前に、ある人が世界遺産に落書きをしたことがブログから発覚して失職した、なんて事件もあったし。ゾゾー。

でも、それでもあえて書くのは、自分の言葉に責任を持つのは大人として当然のことと思うから。 責任をとるのを恐れて逃げててはいけない、というか。
わざわざ外国まで勉強しに来てて、モノ申せないってどういうこと?! みたいな。 てことで、信念は貫きます。

なんでもうまく使うとき、マイナス面よりもプラス面の方が大きいしね。 異論賛論ありましたら、コメントどうぞ。以上^^

2009年2月1日日曜日

渡仏前

ご報告と記録に残したいのとで、すごい勢いで書いています…。

1週間前、フランスに発つ前日のこと・・・。
こちらの写真は、礼拝後に教会の皆さんと撮ったもの。 お別れの言葉やお餞別をくださった方、ありがとうございました!
神様に守られ、皆さんのお祈りに支えられ、パリの地でもそれほど違和感なく、健やかに過ごしています。

渡仏前は、ワクワクしつつもやはり無意識に不安だったようで、無駄にいつもそれほど食べない日本食や、細かな生活用品を買い集めて送ろうとしていて、父に止められました。フランスは先進国だからなんでも手に入るし、日本食も現地で買うより郵送代の方が高くつくのにね!


そして、こちらは飛行機からの写真。時期も時期だけあって、機内はガラガラでした。
『喜びを持って、フランスに行きなさい』
そう神様に言われた気がして、すべての不安は渡仏前に捨て去りました。

次にどうなるのか? とっても楽しみです!
これからもお祈り、よろしくお願いします♪

初めての日曜日 Le premier Dimanche

初めて、って素敵だ。
今日はパリジェンヌになってから(?)、初めて教会に行ってきました。

Trinity International Church!
20カ国以上の人々が集う、クリスチャンの港のようなプロテスタント教会です。

地元の教会から紹介されて行ったのだけど
前に東京で通っていた教会とも、なんと、牧師先生同士がお友達であることがわかり
パリに来てまで、なんだか嬉しくなりました。

実は、この間、知り合った日本人の人から日本語教会にも誘われていて
迷っていたけど、教会はここで決まりっ!
アメリカ系教会でなく、インターナショナルってところがミソ。

若者が多くて、みんな、とても信仰熱心。
皆さん。パリに来たときは、ぜひこちらに!

2009年1月31日土曜日

変なおじさん

昨日、リュクサンブール公園 le jardin du Luxembourg でサンドイッチを食べていたら、アラブ系のおじさんに声をかけられた。

「フランスでは、隣りにいる人はみんな、友達だよ。誰とでも話すんだ。 フランスに来たんだから、君もフランス人のようにならなきゃいけないよ。 僕は本当にまじめな人だから、信頼して。肌の色でなく、心を見るんだ。 それから、フランス人男性には気をつけて。」

確かにフランス人は気軽に人と話すし、結構、親切だ。 頼まなくても、駅の階段では必ずスーツケースを運んでくれるし 公衆電話を探していたら、携帯電話を貸してくれたりする。 でも、紛らわしい。 このおじさん、大丈夫か?  関わらないに越したことはない。 と思う私は、やはりまだ日本の感覚だ。

インターネットで部屋探し

そして、今日。
ぼちぼちと部屋を探しているのだけど 何が大変って、インターネットにアクセスするためネットカフェにわざわざ行かなければならないこと。

マクドナルドやスタバにPCを持ち込めば無料でインターネットもできるけど、 PCもネットワークも重いしね。
それで、もしやと思い、自分の部屋でアクセスしてみたら繋がった! な~んだ!!
暫しの間、どなたかのおこぼれでネットワークに預かります。 ごめんなさい。ありがとう。。。

ちなみに、部屋は2件、見学に行きましたが、いい出会いなし。

その代わり、クリスチャンサークルCCCのつながりで 次のステイ先が決まるまで、やはりクリスチャンサークルKGKの
卒業生のお家に泊めていただくことになりました。 なので、じっくり気に入る物件を探そうかな、と思っています。

今日はその方のお家に招かれ、手料理をいただきました★ 全ては備えられている。感謝です。

着いてから3日間

着いてから3日間は、語学学校の本登録に追われていました。
フランスの手続きは、なんでも時間がかかるとのこと。
フランス人は結構、短気なのに、なぜだろう?

こちらは、学校の近辺です。 本当に美しい。

パリに到着

exciteブログはフランスから接続がわるいので、ブログを移動しました。
26日夜、無事にパリに到着!
パリは何度か来ているのに、すべてが新鮮。
かなり、わくわくしています!
やっぱりフランス語の入る量が違います。
来て正解だったな~、と改めて実感しました。
こちらが2週間、借りている8区のお部屋。
かなり、快適です!