2010年12月7日火曜日

研究が面白い!

さて、ひょんなことから変わることになった新研究科。
10月末から授業が始まりましたが、面白すぎです!

去年度、大教室で受けていた授業から心機一転。今年は授業のほとんどが少人数のゼミ形式で、教授とのやりとりや発表があり、やりがいがあります。来ている人もほとんどが博士課程進学を志す院生または博士課程の院生たちで、知識も深そう。

去年度の授業は正直、「暖簾に腕押し」という感じでいつまでたってもピンとこず、かつ学生達の評判もいまいちでしたが、新研究科では担当教授も決まり、定期的に論文の方向性を決める相談にのってもらって、一安心。ただ道が開かれるままに来ただけですが、来るべきところに来たな~、と手ごたえを感じています。後は、やることをやるだけ!
でも、面白いから仕事の合間を縫ってでも、勉強したい!と思えるのです。さらに、先生にも初めての発表を誉められる!と、良い感じで廻っています。しかも同じ研究室の博士課程にいる同年代の日本人(かつ、学部で教えている人!)が分からないことを教え、授業でもサポートしてくれるので、もう一人、日本人の教授がいる感じで頼もしいです。全ては備えられている!

さて、では実際何をやっているかというと、社会に役立たなさそう~~な、というか明らかに役立たない、マニアックなことをやっています。「日本で最初に書かれた文法書」とか、「フランス語と日本語の受身表現の比較」とか、「Quoi que ce soit (何であれ)という表現について」とか。でも、楽しいのですね~。はぁ~、もう自分にこんな性質があるのは変えようがないです。もうこうなったら開き直って、とことん、突き進んじゃえ!

それはさておき、子供たちの教育に携わっていて感じることですが、それぞれに備わった能力や資質を社会に合わせて変える必要はないな、と思います。私自身、どれだけの人にフランス語は役立たない、と言われたことか・・・日本のフランス語の教授にまで留学を反対されました。で、会社員をやってみたけど、全く性に合わず。考えてみたら、家系に会社員が一人もいないし、合わないのも当然。一人一人、何らかの才能なり、備わった個性があるので、経済的なことなどと折り合いをつけつつ、伸ばしていければベスト。今のようななんでもありの時代、自分の性質を知ってそれを磨いていくことが、自分らしい素敵な人生を送る秘訣だなと思う、今日この頃です。
Le Parc aux Cerfs というモンパルナス近くにあるレストランの一皿。
シンプルで、量なども日本人向き。オススメです!

スターバックスから見るフランス文化


大手デパートのクリスマスイルミネーション
パリは本格的に寒くなってきました。最高気温-2度、最低気温-6度とか!!
ちょうど雪が降り出してきたころ、心身の調子がおかしくなりかけましたが、しばらく安静にし、前向きパワーで乗り切りました! さらに去年のような失敗は繰り返したくないので、大事をとって、冬休み中の一時帰国を決定。ヨーロッパの冬は本当に危険・・・。日照時間が少ないことが、体内リズムを狂わせ、正常な心身の働きを崩させる気がします。

ところで先日、スターバックスで並んでいて、フランス文化が垣間見えたので、ご紹介。パリにも東京ほどではありませんが、スターバックスがあります。しかし日本とは打って変わって、フランスのスターバックスでは注文の際、メニューを3回、言わなくてはいけません。1軒だけかと思っていたら、どこのスターバックスに入っても同じ。ぷぷ、効率わるっ!

まずケーキなどの並んでいるショーウィンドウの前でお兄さんが挨拶。
「いらっしゃい、何にしますかー?」
「○△×と□△*、くださいな。」

次に、レジにてもう一度。
「いらっしゃい、ご注文は?」
「○△×と□△*を注文しました。」
「ではお会計、XXユーロです。」

最後に、カウンターごしに受け取るとき。
「何を頼みました?」
「あの、○△×と□△*ですが」

と言ったところで、ようやくコーヒーを作りだす始末。
これじゃあ、注文した物をごまかしたって分からないよね!
現に、他の人と注文を間違えたものをもらったことあるし。

日本だったら、店員同志のコミュニケーションや連携プレーで1回注文すればすむ話ですが、彼らの徹底した個人主義システムのせいで、不要な行列がずらり。
「私は私! あなたはあなた!」という感じで、横の繋がりがないのです。

ま、コーヒーならかわいいものですが、大学の事務や滞在許可証の申請、携帯電話の契約、郵便局などに行っても、担当者の気分やタイミングによって言うことが変わるので、深刻ですね。そんな個人主義が裏目に出て、FIFAのフランスチームも崩壊したし。でもまあ、自分が個人主義な分、他人の個人主義にもさほど文句を言わないかも。
そう、つまりこれがフランス! 私的にはこの国、面白すぎてやめられません(笑)

2010年11月2日火曜日

「わたし」の属するところ


雲がもくもくと立ちこめ、冬支度に入るパリの空
この10日間は、カトリックの聖人に祈りをささげる「Toussaint(万聖節)」というバカンスだった。バカンス最後の今日は国民の祝日で、祝日らしい一日を過ごした。

大学時代の友人が、九月から博士留学のため、パリに来た。卒業以来の再会だけど、パリでもお互いのキャンパスが隣りになり、なんだか同志ができたみたいで、嬉しい。彼は大学時代もフランスに交換留学をし、卒業後もずっと大学院で勉強をつみ重ねてきて、今回は博士論文を書き上げるため、パリに来た。当時、いろんな事情があって、「いったん社会人になってから留学する」と言った私に対し、「いったん社会人になってからだと色々、難しいと思う」と率直にアドバイスしてくれた学部生時代の会話を懐かしく思い出した。

そして今日、モンマルトルで六年ぶりの再会。サクレ・クール寺院を見て、モンマルトルの界隈を歩き、映画「アメリ」に出てくるカフェ Café des 2 Moulins に行ってみた。モンマルトルは何度も来たことがあるにも関わらず、このカフェには行ったことがなかったので、今日はちゃんと調べて、やっと入ることができた。せっかくなので、主人公のアメリを真似てクレーム・ブリュレとカフェを注文★

フランスお決まりの事柄についてのぐちを一通り聞いたあと、いろんなことを話した。彼はまだパリに来て日が浅いけれど、留学経験があるので語学には困らないし、それなりに会う友達もいる。けれども、帰属感のなさに悩んでいるという。「帰属感」という言葉に、はっと記憶が甦った。もう何年も前、上京したての大学生の私。大都会の真ん中に住み、人の巨大な流れを目の当たりにしながら、居場所が見つからず、孤独に直面していた。いろんな人がいて、いろんな生き方があって、では自分とは、自分らしさとは・・・。人を見れば見るほど、分からなくなる。存在の不確かさを補うため、人との繋がりで埋めようとするけれど、それは全く違う次元の希薄な事柄のようで・・・。アイデンティティの部分に、思考というメスを入れざるを得なかった。でも、思考すればするほど、「探してる何か」は見えなくなって・・・。

結局、そこから抜け出させてくれたものは、仲間でも、時間でも、場所でもなく、既にクリスチャンであった私にとって、「キリストに属する自分」というアイデンティティの再確認作業に他ならなかった。

そしてそれからというもの、私はどこに行ってもへっちゃらだ。実のところ、外国だろうが、日本の地方都市だろうが、友達がいなかろうが、仕事がなかろうが、まったく関係ない。限りなく不確かな存在である自分をそれでも保証してくれる「絶対的な何か」が重要なのではないか。私たちは不確かであっていい。そして、そこからスタートすることこそが、存在の確かさにつながる。そんなことをぼんやりと考えながら、帰途についた。

アメリのカフェ
哲学を研究している彼。なんだか既に、良いパリでのスタートをきっているみたい。応援したい気持ちでいっぱいだ。

2010年10月31日日曜日

決してあきらめない、ということ

大学前の広場
修士1年が終わり、進路が決まった。結論から言うと、研究科の言語学コース修士2年でフランス語学を専攻することになった。去年度は職業科のフランス語教授法コースにいたので、つまりコース変更。とはいえ内容が被っているので、この結果には満足以上。
夏休みが明けてからこの進路が決まるまで、1ヶ月半かかった。その間、先が見えぬまま、暗闇を一歩一歩、ランプで足元を照らしながら歩んでいく道のりだった。別に不安はない。ただ、足元を照らして一歩を踏み出したら、次の一歩が見えるまで焦らずに待つ。それだけ。人生って暗闇だから、ずっと先まで見えていないのは当たり前。で、この道へのたどり着き方が面白かったので、(備忘録をかねて)ご紹介。

まず、9月の初めに論文提出と七つの追試を受け、9月末の結果発表を待った。平均10点以下だと留年、10~12点は学位をもらえる(フランスの大学院は、学位が修士1年と2年で別れているため)ものの、留年も進級もできず、他大に編入などしなくてはならない、グレーゾーン。12~13点の人には口頭試問のチャンスが施され場合によって進級可、13点以上で修士2年への進級確定、となっている。そして私は愚かにも準備不足がたたり、当然のごとく、このグレーゾーンに入ってしまった。中にはグレーゾーンに入らないために、追試を棄権したり、わざと論文を提出せずに早々に留年を決めた人が少なからず、いる。しかし、口頭試問の直前になって、このグレーゾーンが1点引き下げられた。つまり、11~13点の人が口頭試問のチャンスに与ることになったのだ。途中で諦めるなんて、もってのほか!

さて、それでも相変わらずグレーゾーンのままの私は失意の中、とりあえず口頭試問の日に学部事務所に行ってみた。口頭試問のお願いをしたけれど、勿論受け入れられず、事務所のマダムと押し問答をしているところ、コース変更できることを示唆された。

え、できるの?

ならコース変更して研究科の言語学専攻・修士1年に行こう、と思った。実は職業科から研究科に転科するかどうかという点では、去年、さんざん迷って答えが見つからなかったポイントだったのだ。で、研究科に行くには論文のテーマを決めて、指導してくれる教授を見つけなければいけない。事務所のマダムには、面接直前にコース変更の書類を取りに来なさい、と言われておとなしく帰った。
そして、教授選び。研究テーマをいくつか挙げ、関連する教授たちに手当たり次第、メールを送り、返事をくれた教授に面接を依頼する。そうして、初めての面接前、言われた通り事務所に立ち寄って書類をもらった。

あれ?

よく見ると、研究科修士2年の入学許可書だった。研究科2年に行くにしても13点以上が基準とされているはずだけど、間違えたのか? いずれにせよ、ラッキー! 後は教授にサインをもらえば合格。

で、一番初めに面接することになったL教授は、たまたま口頭試問を断られた帰りに友人が勧めてくれた先生だったけれど、すぐに相性が合うことがわかった。コース変更にも理解を示してくれ、用意していった研究テーマ9つの中から、私が一番好きなテーマを選んでくれた。おまけに研究科長だけど、人柄もよさそうで話しやすく、生徒がたくさん相談に来ている。でも、L教授には、修士1年からすることを勧められた。とりあえず、次回、書類をもってくることを伝え、その場を後にした。

その後、他の先生にも会ってみる。けど、関心分野が微妙にずれている。それでも引き受けてあげられるけど、と言われてすごく迷う。相性の合う先生と修士1年をするか、合わない先生と修士2年をするか・・・。

とても悩んだ末、L教授との2回目の面接前夜、やはり妥協はできない。L先生の下で修士2年で研究したい。それならそうと、もう一度、きちんと頼んでみよう、この道は開かれる、という不思議な確信が与えられた。そして、先生を説得できる要素を用意して、翌日の面接に臨んだ。
いざL先生の研究室に着くと、先週のごとく、学生が列をなしている。並びながら知り合った日本人の女の子と話していると、彼女は去年からL先生の下にいるとのこと。彼女曰く、「修士1年とか2年とか余計なことは言わず、ここにサインしてください、って言って書類を出すだけでいいよ」とアドバイスしてくれた。で、私の番。実際、そうしたら、先生、あっけなくサインしてくれた。

「それじゃ、再来週までに論文を書くために読む文献リストを用意してきてね。」だって(笑)

なんなんだ!

神様の開いてくださった奇跡の扉に、満面の笑みがこぼれた。感謝でいっぱい。(けどこれじゃまるでギャグなので、この1年は本気で頑張ることにした。)
つまりこのことを通して言いたいのは、「決して最後まで、いやたとえ最後がきても、決して、諦めちゃいけない!」ということ。

サロン・ドゥ・ショコラ

パリでは年に1回、サロン・ドゥ・ショコラというチョコレートのエクスポをやっています。
今年は10月28日~11月1日まで。行ってきました!

パリでエクスポがあると、大概、使われるのはポルト・ドゥ・ヴェルサイユPortes de Versailles という、パリ南にある大規模エクスポ用の会場。東京でいう、ビックサイトのような位置づけです。ピエール・エルメやジャン・ポール・エヴァンなど有名どころに加え、ベルギー・スイスなどヨーロッパの各国からも出展。ブランドだけでなく、スーパーで売っているチョコレート会社や地方のショコラティエまでさまざまに出展。サダハル・アオキやトーキョー・チョコレートなど、日本のショコラティエたちも頑張っていました。試食自由なので、友人から袋を持っていくよう勧められていたにもかかわらず、忘れてしまい、30個ほど、全て口の中に放り込みました^^; 最後には味の見分けがつかず、緑茶をいただいて帰ってきました。ネスプレッソが緑茶を淹れるマシーンを展示していたのが印象的。コーヒーと同じように、カプセルを入れてボタンを押すだけで飲める要領です。別の日にはコンペティションやチョコを使った洋服のファッションショーもあったよう。以下、写真にてご紹介。

エクスポ会場

チョコレートの原料に使う香辛料


サダハル・アオキはこちらでも人気。フランス人の友人達も気に入っていました

ネスプレッソのキャンペーンガール。左の子は日本の着物を着ているつもり

チョコレートを使ったお洋服

2010年10月8日金曜日

パリで働きはじめる

 
学校の廊下
 
今年の初めから、学業の傍らできる仕事を少しずつ探し始め、ようやく納得する仕事に決まりました。

日本人の子供向けの塾講師です。完全に仕事と割り切って応募したのですが、蓋をあけてみると意外にも、私の専門であるフランス語も教えさせていただくことになったり、はたまた提携先のフランスの私立一貫校で日本人の子供たちを対象にしたクラスをいくつか受けもつことになったり。新たな世界が広がりつつあります。しかもこの学校、自宅から近くって、いったい!

ということで、小学生~高校生までの子どもたちにフランス語や国語などを教えはじめました。といっても、クラスの人数は少ないですが、子供たちと接することができて、とても楽しいです。目の前で様々な予期せぬ反応が返ってくるから純粋に面白いし、外国に来て日本の不調なニュースをうかがう中で、日本の将来を担う子供たちへの教育の大切さを感じるようにもなっていました。もちろん、授業で自分が関わることで彼らの人生を変えたりなんかはできないとしても、何らかのヒントやきっかけ、良い影響力を与えられたらなと思っています。せっかく与えられたこの機会、子供たちとたくさん、学んでいきたいと思っています!

2010年8月20日金曜日

パリの図書館事情

本日はパリの図書館ツアーへご招待します。

近代アートの美術館として有名なポンピドゥーセンター。実は裏手に入り口があり、入ると・・・
ポンピドゥー図書館になっています。ただし、日中なら最低1時間待ちの覚悟が必要。天井のパイプがかわいい。ネット利用可、誰でも入れます。
17世紀初めに創設された、パンテオン横にそびえるサン・ジェネヴィエーヴ図書館。身分証を持参すれば、誰でも入れます。ネット利用も可。
19世紀に改修が施され、中はまるで、駅を改修してできたオルセー美術館のよう。
13世紀に創設された、ソルボンヌ大学。入り口から見上げると、なんだか偉そうにそびえ立って、入りにくい感じ。
その中にある図書館。宮殿か!と突っ込みたくなるほどの華麗さ。残念ながら、2010年4月から3年間の改修工事に入りました。
代わりに、ジェネヴィエーヴ図書館に隣接するサント・バーブ図書館(St.Barbes)がソルボンヌの学生向けに開館しました。
中はモダンで使いやすくなっています。

さて、こんなにエレガントでオシャレなパリの図書館たち。

しかし! パリの図書館事情は、とてもわるいです。
おそらく図書館の数自体が少ないうえに、休館日が多い(バカンス中は基本的に閉館)ので、常に空いている図書館に学生が殺到します。おまけに、こちらは入り口で荷物チェックをするので、開館時間に行っても長蛇の列が(汗)。区立図書館は開館時間が短すぎるし、ミッテラン元大統領が建てた国立図書館は有料なうえに、手続きが煩雑だとかで、デビューを見送っています。

・・・というわけで、最近は近所のカフェに一日中、居座っています。混まないし、店員さんがいやな顔ひとつしない。そよ風に吹かれながら勉強、最高です!

2010年8月18日水曜日

夏休み、半ばを過ぎて

後期試験終了後、6月下旬~9月までが我が大学の夏休みですが、あ~っという間に半分が過ぎてしまいました。パリは8月も半ばを過ぎると、空気が冷たくなりだし、雨が時折り降るようになり、秋のさびしげな天気へと少しずつ移り変わっていきます。もうすでにジャケットなしでは厳しいです。

ところで9月まで夏休み、といっても実はわたくし、9月半ばに論文60ページの締め切りと、なんと追試を控えているので9月は実質、夏休みじゃないのです。
追試の数は、なんと7つ! 半端ありません。前期にさぼり倒していたツケが回ってきました。(実際、冬の寒さで落ち込んでいたのですが、今となっては理由は関係ない) ちなみに7つのうち、1つは大学側の不備による試験未施行、もう1つはインターンと重なったため、欠席せざるを得なかったものです。我ながら、あっぱれ・・・・

大学や学科によって微妙に差がありますが、私のコースでは、前期試験と後期試験の平均点が20点中13点を越えていると進級できることになっています。さらに、12~13点の生徒には9月に面接が課されます。

また救済措置として、10点を越えていなかったテストには、9月に追試のチャンスが与えられます。一番、悲惨なのは10点と12点のグレーゾーン。追試も面接もしてもらえず、自動的にアウト。他大への編入を余議なくされます。中途半端に勉強していなくてよかった~、って変な安心感。

というわけで、今日から勉強、再開しました。奨学金もフランス語教師のアルバイトも決まったから後にひけない・・・というかそれ以前に、留年という選択肢はありません!!

(2008年、17区Malesherbesに建てられた奴隷解放を記念するモニュメント。混血奴隷から将軍に成り上がった父をもつ作家アレクサンドル・デュマ親子に敬意を表したもの。なお、奴隷の子孫という理由で、2002年まで偉人たちの墓、パンテオンに眠らせてもらえなかった)

2010年8月8日日曜日

格安短距離航空会社Ryanair

はや、バカンスの時期。ヨーロッパを飛ぶアイルランドの格安航空会社 Ryanair が人気上昇しているので、ご紹介します。私もこの夏、初めて乗りましたが、短時間でサッと移動したい場合にオススメです。

以下に理由2つ。

(1)安い -今回、渡航の3日前に買いましたが、直前に買っても安く、パリ~マドリッド間が税込50ユーロ、パリ~マルセイユ間は35ユーロでした。時期や時間帯によって、もちろん異なります。

(2)対応がフレキシブル -搭乗券がネットによるチェックイン前まで変更できます。予定の変更が生じやすい人にオススメ。チェックインさえしなかったら、搭乗前日でも日にちや路線の変更をできます。また、変更後のチケットが変更前のチケットより安かった場合、差額を次回の予約に使えるポイントシステムが気に入りました。電話も毎回、すぐにオペレーターが出てくれました。

ただマイナス点としては、便によって座席指定がなかったり、パソコンでのチェックインが義務づけられていたり、機内サービスがすべて購入式だったり・・と色々なところで簡略化されています。
また荷物制限があり、10キロを超える場合はあらかじめ申告して追加料金を払う必要があります。荷物はお家で事前に量っていくことをお勧めします。

現在、短時間の路線を対象に一部、立ち乗り席の導入を検討していると聞いて驚きましたが、会社としては意外にも好印象でした。
でも、一番はなんといっても安全性。幸い、今のところ大した事故はないようです。

2010年7月8日木曜日

ザ・ファッションショー

5月のある日、ルームメイトが通うデザイナー学校のファッションショーに行ってきました。 これは、生徒全員が一年の集大成を披露する発表会のようなもの。

台湾人のルームメイト、チェンティンは、本当にアジア人ですかと聞きたくなるほど、性格が自由奔放で飛んでいる。彼女のすることやアイデアはいちいち面白く、素人の私にですらファッションデザイナーとしての素質を感じさせる。先生からもやはり、性格的に向いているし、才能がある、と言われているとのこと。 
ルームメイトの作品
彼女の飛びっぷりといえば、例えば入学面接で、パリに長くいるために、なるべく下の学年から編入できるように先生に頼んだり、台湾~パリに引っ越しするときの荷物があまりに多くて、公務員のお父さんが超過荷物が通るように空港に特別手配したり(でもなぜか荷物の中にはたくさんぬいぐるみがあったり)、インターネットで個人販売のおいしい冷凍餃子とキムチを見つけて買いつけたり、ディズニーランドに行ったときは、早朝から20個近い、大量のハンバーガーやおやつを皆のために用意してくれたりとか。
こんな彼女の夢は、自分のブランドを立ち上げ、ニューヨークを拠点に世界で活躍すること。さすが、スケールがでかい!さらに、周りもそれをイメージできるからすごい!

 さて、このファッションショー。学生らしく、サーカス会場を使用して、生バンドの演奏に合わせながら素人モデルたちが舞台を闊歩するという流れでした。60年代風やアジア風、宇宙人風など、色々なタイプのファッションを音楽とともに見られて盛りだくさん。学生の熱気も伝わり、たっぷり楽しませてもらいました。最後には、全学生とモデルとが会場内に出てきて終了。

とき少しあいて7月6日午後13時半~、ルームメイトがインターンシップをしていたブランドのファッションショーに行ってきました。ブランド名は、ERIC TIBUSCH。場所はシャンゼリゼ通りを脇に入った通りにあるELYSEES BIARRITZの地下ホール。以前、ここの前を歩いていたら、映画OCEANSの監督がファンと話しているところを見かけました。何の建物かと思っていたら、イベント会場だったんですね。

会場にはやはり生バンドがいて、モデルたちが音楽に合わせて舞台を歩き始めました。カメラもまわっていたし、お客さんも着飾ってはいたし、まさにプロのショーだけど、立見席だからか、いまいち迫力が伝わってこない。実際、生でみるとこんなのものか? いやいや、やはりモデルも洋服もいまいちオーラがないような。モデルのような人なら、パリの街中で時々みかけるし、一流ブランドのテレビのファッションショーのイメージがついているためか、服装もなんだか無難な感じが。
帰宅後、それとなくルームメイトに話を聞いてみると、このデザイナーはフランスでそこそこ成功しているけれど、まだ一流には遠く、一流ブランドのようにお金はかかっていないとのことでした。
これだったら、ルームメイトの方がいずれ大物デザイナーになれるかも?!なんて、素人の私は密かに思ったのでした。


2010年7月1日木曜日

大言語学者チョムスキーに会う

行列・・・
5月末、大言語学者ノーム・チョムスキー氏の講演会に行ってきました。チョムスキーと言えば、言語学を少しでもかじったことのある人なら、必ず耳にする現代言語学の祖、ソシュールと並ぶ巨匠。野球少年にとってのイチロー、理系の学生にとってのアインシュタインのような存在。なんと、来仏は25年ぶりとのこと!

実はこの講演を知ったのは講演開始の12時間前。講演前日の夜、教会の聖書研究会にいあわせたケニア人の Lindaリンダが教えてくれました。実は私、それまでチョムスキー氏がまだ生きていたことすら知らなかったのです。でもそれもそのはず(?) 氏は現在81歳と高齢で、ユダヤ系のアメリカ人です。

二つ返事でリンダと約束したものの、興奮してよく眠れぬまま、翌朝、開場2時間前の朝8時に、会場であるパリ第5大学に着きました。が、フライング。誰もいないので、1時間ほど近くのカフェへ。クラスメートのジャオリも急な誘いだったにも関わらず、かけつけてくれました。カフェをでて3人で列の先頭を陣取っていると、思いがけず、博士論文を終えたばかりのウクライナ人の友人に遭遇。結局、この4人の可笑しなメンツで列をなすこと1時間。冗談を言いあったり、なんだか楽しい1日の始まりはじまり!

受付をすませ、走る人
ぶじに受付をすませ、直接、話を聞ける大教室に陣取ることができました。肝心の内容はというと、持論の生成文法や人間と動物のことばについて、一般の人に分かるように平たく説明していました。穏やかな話しぶりや、政治的な質問にも謙虚に答える姿勢、平和主義者であるところなどに惹かれました。

結局、別の日にもコレージュ・ド・フランスでの講演と2回、行きましたが、いずれも1時間前までに並んで予約なしで入れました。つまり、"Nombre de places très limitées"(空席数、大変限られています)とサイトに書いてあっても、予約席はごく一部の人用で自由席がたくさんある、ということ。諦めは常に禁物だ!

氏は5月28~31日まで4日間、講演やテレビ出演などして、アメリカに戻られたようです。来仏はこれがきっと最後かな~。手帳にサインももらったし、これはもう、言語学の勉強を疎かにするわけにいきません。(て、ただのミーハー^^;)
講演後のチョムスキー氏
有名人と言えば、程なくしたころ、ジャオリのお薦め中華レストランでFan Zeng という中国の水墨家にも出会いました。聞いたことないのですが、一緒にいたジャオリは大興奮。よく分からぬまま、一緒にサインをもらいました。何やら、中国でいうチョムスキーだそう。そうはいっても、まったくピンときません。有名人って、人それぞれツボがある。そういうものかな。

2010年6月29日火曜日

南仏研修レポートⅣ  ~マダムと少年2人とダルメシアン1匹と~

村上春樹の作品を思わせる、時という概念から切り離された、透きとおった世界。パステルカラーの家に挟まれた入り組んだ路地をなんとはなしに歩くと、窓の隙き間から古びたラジオの時代遅れのポップスが流れてくる。渇いた鐘の音がしてふと空を見あげると、澄みきった青空にやわらかな雲が漂っている。ジェット飛行機が追いかけるが、雲は構わずのんびりと漂いつづける。そんな町の高台にのぞむ大きな家に、マダムと少年2人とダルメシアン1匹と・・・。

まるでずっとそうであったかのように、家族の一員として気さくに迎えてくださいました。お庭でバーベキューをしたり、パイを持って湖のほとりでピクニックをしたり、ラベンダーを摘んだり、ご近所さんの自作のお家を見て感心したり、心温まる恋愛映画を観に行ったり、お味噌汁の作り方を少年に教え、少年からキッシュの作り方を教わったり、インド料理店に町のニ家族で集まったり、小さな音楽祭のやっている広場でお茶したり、庭のテラスから町を見下ろしながら、ぼっーとしたり・・・・。

大きな街を観光してまわるというよりは、のんびり町の人との出会いやゆるやかな時間を楽しみ、物語の1ページのようなゆたかな日々を南仏の家庭で過ごしました。ちょっと予想だにしない展開だったのと、忘れたくないけど忘れっぽい性質なので、記録的にまとめてみました。会社からは企画中の仕事のオッファーをいただき、どれもこれも、南仏の恵み盛りだくさんでした。

これを当たり前に言ってしまえば、“南仏の人は大らか”という表現におちつくのでしょうか。でもそんな一般論とは関係なく、ただ嬉しかったのは、素敵なフランスの家族ができたこと。「またいつでも帰っておいで」という言葉と花柄のワンピース、たくさんのハートをお土産にいただき、パリへの帰途につきました。
(平たいスープ皿でお味噌汁を飲むパトリシア一家とご親戚^_^)
(Ste.Croix湖と友人アンドレとトマトパイ)
(ご近所さんが九年間かけて建てたお家)

南仏研修レポートⅢ ~ある陶芸家との出会い~

研修では、思いがけない出会いがありました。研修先の同じ部署のオフィスで働いているフランス人マダム・パトリシアは、日曜大工、ならぬ日曜陶芸家です。平日はオフィスで働きつつ、いつか独立することを夢見ています。楽焼きをしているので、日本人である私にぜひ自分の作品とアトリエを見せたいというので、研修最終日の金曜日の午後を早く切り上げ、ローズと二人、陶芸見学に行ってきました。一連の作業を見せていただき、墨の香りがするお茶を味わい、楽焼きでできたペンダントをお土産にもらいました。

話すうちに、パトリシアは離婚をして子供2人を育てている50歳の人懐っこい女性であることが分かりました。まるで私と同年代かのように年齢を感じさせず、フランス語の先生になるため大学に応募したり、かなわぬ恋の話をしたり、将来の海外移住の夢について語ったり・・・茶目っけたっぷりです。

実は研修が終わってから4日間、一人旅をするつもりでしたが、このパトリシアがお家に招いてくださり、なんとホームステイさせていただくことになりました。これだから、旅は面白い。
(窯から作品を取りだすパトリシア)
(生徒たちに講義)
(アトリエ)

南仏研修レポートⅡ ~企業の内側~

(地元マノスクManosqueの教会のコンサート)

研修初日、朝7時半―。初日は担当のロリーヌが車で迎えに来てくれました。入口のものものしい警備をくぐりぬけ、名札をもらい、フランス語担当の部署で全員にあいさつ。一人一部屋を持っているので、挨拶もけっこう面倒。しかし個人主義の国、この辺は手を抜けません。会社は1つの村のようになっており、敷地内はバスか車で移動します。お昼は皆でカフェテリアへ移動。おいしいフランス料理をビュッフェ形式で1ユーロほどで食べられるので大満足! 体格に合わず、気持ちのいい食いっぷりに、フランス人に驚かれていました^^;

さて肝心の授業ですが、1週間のプログラムを見て、好きな授業に出席します。空き時間はパソコンを使ったり、先生や生徒と話したり、各国の働き方の特徴を学ぶランチミーティングに出たりしました(今回は中国でした)。

会社に組み込まれているフランス語授業なので、生徒はみな英語で仕事をする研究者または技術者。フランス語ができなくても生活に困らないので、フランス語は趣味でやっている人が大半。そのため、先生は生徒のモチベーションを高め、面白い授業をするのに力を入れています。国によって生徒が求めるものや授業の雰囲気も異なり、色々な先生やクラスを見てきました。ちなみに日本人の方々も、しっかり頑張っておられました。

研修先では撮影が禁止されていたため、お見せできませんが、国際機関とはいえ、やはりオフィスはフランス人率が高く、いわゆるフランスの会社の内部を体験した感じです。仕事における人間関係の比重が、日本よりも濃いな~、という印象を受けました。上司・部下でも名前で呼び合うなど、上下関係があまりない分、個々人のコミュニケーションが重要です。また南仏特有なのか、働いている人たちがとても明るく、爽やかなのが印象的でした。

朝は8時すぎにオフィスに着き、夕方4時に仕事を終えるので、アフター4は地元の小さな町を観光したり、スーパーで買い物をして料理をしたり、TVでサッカー観戦しながら、南仏の夕べを楽しみました。最終日には、日本人の方においしいフランス料理をごちそうになりました。う~ん、最初から最後まで、おいしい研修でした!
(町の旧市街で見かけたパレード)
(市場のトマト)

2010年6月21日月曜日

南仏研修レポートⅠ ~ガーナ人と南仏へ~

5月にあった後期試験が終わり、6月13~22日まで10日間、大学院の単位取得の一環で、南仏へ研修に行ってきました。南仏の恵みたっぷりだったので、数回に分けてお伝えします。

そもそもこの研修の目的は、フランス語の授業に出席して、可能なら教え、レポートを提出すること。インターン先は以前にも書いた、なんと核融合の実験施設です。といっても平和利用が目的で、日本やインド、EU、アメリカなどが取り組んでいる国際機関でもあります。教授の紹介で気軽に申し込んだら、話がトントンと進んでしまって焦りましたが、幸いまだ建設中で実験は始まっていない模様。旅行気分で旅立ちました♪

まずはパリからエックス・アン・プロバンスへTGVで約3時間。クラスメートのガーナ人ローズと待ち合わせ、時間があったのでマルセイユに移動して海辺でランチ。海辺を散歩してから、丘の上の教会に上ってマルセイユを一望してきました。

このローズとは1週間、2人一組で研修し、同じアパートホテルに滞在します。同じクラスにいながら、実はこの研修で初めて知り合いました。でもこのローズ、幸い気も合って、大当たり! ローズは英語が母語なためか、「天使にラブソングを」に出てくるゴスペル歌手のような包容力と、なんでも明るく笑いとばしてしまうユーモアがあります。おまけにしっかりしていて、皆に好かれるキャラクターです。研修中、彼女の人柄とコミュニケーション力、ヨーロッパ人的動き方に大いに学ばされました。


2010年4月25日日曜日

恐るべし中国魂。とナポレオン

ただいまイースターバカンス中です。

最近、履修登録の混乱のさなか出会った中国人のクラスメート、ジャオリに良い刺激をうけています。
ジャオリは「何ごともできる」のスピリットで生きている、一生懸命な女の子。名字がNで始まるので、街中にあるナポレオンの印Nを見つけては、「ナポレオンの辞書に不可能はない」という言葉に勇気をもらっています。でもそういえばこの言葉、「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」と言った聖書のパウロのことばにも通じるものがあります。ひょっとして類が友を呼んでいる?

ジャオリは学部時代もフランスで乗り越えてきただけに、フランス語も流暢で、そして逞しい。フランスでは、2つの大学を掛けもちするダブルコースは珍しくないのですが、彼女はダブルコースをしている上に、前期の間、平日、フルタイムでフランスの政府機関で働いていました。 なので、もちろん学校に来ておらず、後期から舞い戻ってきました。前期の間、私が録音した音を彼女に渡し、彼女が書きあげるノートを見て復習、という交換システムを作って授業についていこうとしていましたが、結局、彼女の仕事が忙しくなり、この交換システムは成り立ちませんでした。

でもそれで、どうやって単位を取る気だったかというと・・・・
一、フランス人の友達を作り、ノートを写させてもらう。
一、外国人の友達からは、授業の録音をもらう。
一、たまに授業に来たときは、質問がなくても授業後、事務所まで先生にはりつき、顔を覚えてもらう。
一、テスト前には、先生に去年の問題をコピーさせてもらうよう、頼む。
一、先生が最初に指定した最低限の本だけ、読む。

・・・などなど(笑) 技を教えてくれました。でもまあ、なんといっても地道に勉強するのが一番大切ですが。生活がかかっているだけに、やることに無駄がありません。しかも嫌味なくやってのけるから、ツワモノです。

さて前置きが長くなりましたが、このジャオリになぜか気に入られ、これからニ人三脚、チームを組んで勉強することにしました。まず勉強計画を綿密に立て、休日も図書館で待ち合わせ、時には電話で朝、起こし合い・・・一緒に勉強しています。しかもフランス言語学を学部でやってきたので、分からない点は、まるで家庭教師のように明快に教えてくれます。本当に、私にとっては彗星のごとく現れてくれた、貴重な存在です。なにしろ院生のくせに、独りでいると怠けるし、フランス人といると勉強しないので!

そして面白いのが、彼女と親しくなってことで見えてきたクラスの中の中国人ネットワーク。彼女らはクラスで一番、優秀できれいにノートをとるフランス人にノートを借りて回し、それを書き写しつづけた結果、皆の前期の平均点はなんと12、5点! 12点以上なら進級OKとされているので、このスコアは恐るべし。勉強しないフランス人よりも良いスコアをだしてきました。

さてジャオリと親しくなったことで、そのおこぼれにあずかることになった日本人である私。このクラスはまるで世界の縮図のよう。ここから日本と中国の関係、ひいては世界の未来が見えてくるか?!(笑)
あさってはジャオリと郊外の街へ、教授に会いに行ってきます。この話はまたそのうち。

2010年4月20日火曜日

は~るがき~た♪

今日はパリの春を写真でリポート。街中にいる人にとってはアイスランドの噴火など、どこへやら。少しずつ雲が割れて隙間から空が見えるようになったと思ったら、最近は雲もなく快晴の日が続いています。待ってましたとばかりにカフェのテラスが人で賑わうようになり、公園や広場で寝っころがって日光浴する人たちが現れました。すっぴんのパリを写真に収めてきました★
ポンピドゥーセンター隣の広場にいる絵描き。下の文字をよく読むと「私はアーティストですが、お金がないので援助してください」との切実なメッセージ
ポンピドゥーセンター前のアーティスト広場。ここは無法地帯なので、物売り、マッサージ師、絵描き、音楽を奏でる人、休む人などさまざま
シャトレーの公園で昔のシャンソンを歌う群れ。手前のおばちゃんの黄色い洋服と隠れたコントラバス奏者がミソ。上のポンピドゥーの写真に続き、私の中で、もっともパリらしい光景の一つ。
それに合わせて踊るカップル
偉人たちのお墓、パンテオンを横目にテラスでお茶する人たち
リュクサンブール公園の、鏡のごとく世界を映し出す池
自宅近くの公園。日が暮れたので、今日の散歩はお~しまい♪