2010年4月25日日曜日

恐るべし中国魂。とナポレオン

ただいまイースターバカンス中です。

最近、履修登録の混乱のさなか出会った中国人のクラスメート、ジャオリに良い刺激をうけています。
ジャオリは「何ごともできる」のスピリットで生きている、一生懸命な女の子。名字がNで始まるので、街中にあるナポレオンの印Nを見つけては、「ナポレオンの辞書に不可能はない」という言葉に勇気をもらっています。でもそういえばこの言葉、「私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。」と言った聖書のパウロのことばにも通じるものがあります。ひょっとして類が友を呼んでいる?

ジャオリは学部時代もフランスで乗り越えてきただけに、フランス語も流暢で、そして逞しい。フランスでは、2つの大学を掛けもちするダブルコースは珍しくないのですが、彼女はダブルコースをしている上に、前期の間、平日、フルタイムでフランスの政府機関で働いていました。 なので、もちろん学校に来ておらず、後期から舞い戻ってきました。前期の間、私が録音した音を彼女に渡し、彼女が書きあげるノートを見て復習、という交換システムを作って授業についていこうとしていましたが、結局、彼女の仕事が忙しくなり、この交換システムは成り立ちませんでした。

でもそれで、どうやって単位を取る気だったかというと・・・・
一、フランス人の友達を作り、ノートを写させてもらう。
一、外国人の友達からは、授業の録音をもらう。
一、たまに授業に来たときは、質問がなくても授業後、事務所まで先生にはりつき、顔を覚えてもらう。
一、テスト前には、先生に去年の問題をコピーさせてもらうよう、頼む。
一、先生が最初に指定した最低限の本だけ、読む。

・・・などなど(笑) 技を教えてくれました。でもまあ、なんといっても地道に勉強するのが一番大切ですが。生活がかかっているだけに、やることに無駄がありません。しかも嫌味なくやってのけるから、ツワモノです。

さて前置きが長くなりましたが、このジャオリになぜか気に入られ、これからニ人三脚、チームを組んで勉強することにしました。まず勉強計画を綿密に立て、休日も図書館で待ち合わせ、時には電話で朝、起こし合い・・・一緒に勉強しています。しかもフランス言語学を学部でやってきたので、分からない点は、まるで家庭教師のように明快に教えてくれます。本当に、私にとっては彗星のごとく現れてくれた、貴重な存在です。なにしろ院生のくせに、独りでいると怠けるし、フランス人といると勉強しないので!

そして面白いのが、彼女と親しくなってことで見えてきたクラスの中の中国人ネットワーク。彼女らはクラスで一番、優秀できれいにノートをとるフランス人にノートを借りて回し、それを書き写しつづけた結果、皆の前期の平均点はなんと12、5点! 12点以上なら進級OKとされているので、このスコアは恐るべし。勉強しないフランス人よりも良いスコアをだしてきました。

さてジャオリと親しくなったことで、そのおこぼれにあずかることになった日本人である私。このクラスはまるで世界の縮図のよう。ここから日本と中国の関係、ひいては世界の未来が見えてくるか?!(笑)
あさってはジャオリと郊外の街へ、教授に会いに行ってきます。この話はまたそのうち。

2010年4月20日火曜日

は~るがき~た♪

今日はパリの春を写真でリポート。街中にいる人にとってはアイスランドの噴火など、どこへやら。少しずつ雲が割れて隙間から空が見えるようになったと思ったら、最近は雲もなく快晴の日が続いています。待ってましたとばかりにカフェのテラスが人で賑わうようになり、公園や広場で寝っころがって日光浴する人たちが現れました。すっぴんのパリを写真に収めてきました★
ポンピドゥーセンター隣の広場にいる絵描き。下の文字をよく読むと「私はアーティストですが、お金がないので援助してください」との切実なメッセージ
ポンピドゥーセンター前のアーティスト広場。ここは無法地帯なので、物売り、マッサージ師、絵描き、音楽を奏でる人、休む人などさまざま
シャトレーの公園で昔のシャンソンを歌う群れ。手前のおばちゃんの黄色い洋服と隠れたコントラバス奏者がミソ。上のポンピドゥーの写真に続き、私の中で、もっともパリらしい光景の一つ。
それに合わせて踊るカップル
偉人たちのお墓、パンテオンを横目にテラスでお茶する人たち
リュクサンブール公園の、鏡のごとく世界を映し出す池
自宅近くの公園。日が暮れたので、今日の散歩はお~しまい♪

2010年4月12日月曜日

フォンテーヌブローでヒッチハイク!?

4月5日、イースターの祝日。パリの南西の町、フォンテーヌブローFonrainebleauへ行ってきました。

そもそもこの小旅行、パリの大学院で造形芸術を専攻している日本人の友人が、作った作品にマッチする背景で写真を撮りたい! ということで、背景探しをするのが目的でした。しかし、なんと出発は翌日! 運動嫌いなのに、フォンテーヌブローでロッククライミングするとは、人生で想像もしなかった・・・。しかし、冬になまっていた体を動かしたかったため、喜んで行くことにしました。

翌朝、お弁当を作り、おやつの準備をして、パリのリヨン駅に待ち合わせ。12時の電車で出発して、南西に下ること45分。駅前からバスを乗り継いで町の中心地へ、あっという間に到着しました!

フォンテーヌブローは、約250メートル四方に広がる小さな森。昔、王様が狩りをするため、夏場に滞在するお城を建てたので、今も森の中心が町で、別荘地にもなっています。インフォメーションセンターで地図をゲットし、まずはフォンテーヌブロー城のトイレへ♪ 時間がないので、中は素通りしましたが、一時はあのダ・ビンチもここで働いていたそうです。

さて、準備万端。でも、自転車を借りてサイクリングするはずが、祝日は貸し出していないとのこと。パリから観光客がたくさん来ているのに、祝日は閉めるあたりがおフランス。よし、それなら歩こうじゃないか! と地図を広げます。洞窟や岩山のトンネルや砂漠があると聞いていましたが、地図には明記されていません。歩いてからのお楽しみ♪ のようです。
色々なコースがありますが、迷いなく、バルビゾン派の画家ミレーやルソーらが住んだ村バルビゾンを目的地に選びました。こんな重要ポイントなのに、バスが出ておらず、タクシーか歩きでしか行けないことにまたもやビックリ。よっぽど辺鄙なところなんでしょうか。

まずはコースの入り口を見つけるべく、地図に従って、車道に沿って歩くこと1時間。登山なのに森を横目に車道歩きですか・・・と士気が低くなったころ、森に入る道にきづかず、素通りしていたことが判明。別の入り口から、ようやく森へ入りました。入ってすぐに、道を横切る鹿を発見! 動物は早朝しか見られないとのことだったけど、やったぁ★

再び士気を高め、今度は迷わないよう、時折、すれ違う人に道をたしかめながら歩いてゆきます。ヘンゼルとグレーテルの世界を思い起こさせます。
インフォメーションセンターの情報では2時間で着くとのことでしたが、一向に着く気配ありません。とうとう諦め、夕方4時に切り株2つを見つけ、お弁当を広げて遅めのランチをとりました。森で飲むお味噌汁やお茶は最高! それに準備したいなり寿司や梅干し、ハンバーグ、卵焼き、切干し大根を食べました。外国に住む日本人にとって、最高のぜいたくです!

さらに歩くこと1時間。通り過ぎるはずの岩山が見えてきました。気づくと時すでに17時半。「片道2時間はやはり嘘だったね」とぼやきながら、バルビゾンの村は次回へ取っておくことにしました。そして、岩山の奥に砂漠があると聞き、岩山を乗り越え、さらに奥へとはいって行きました。
着いたところは岩山に囲まれた、砂漠というより小さな砂地。そこに点在する不思議な形の岩々が夕焼け色に染まるのを眺めながら、ベンチに腰掛け、羊かんを食べて休憩。「20時に日が沈むとはいえ、帰りはどこかでヒッチハイクしなくちゃね」と、冗談半分に友達と語らいました。若いカップルが小さな子供を遊ばせるのを眺めながら。。。

さて、その家族連れがついに帰るのを見計らい、私たちも引き上げることにしました。後ろを着いて歩き、それとなく道を尋ねました。一緒に歩きながら話すうちに子供になつかれ、ほどなく駐車場へと到着。
「帰りの山道はあっちだよ。でもこんな時間だし、よければ乗ってく?」との一言にニつ返事で了承。車内へ乗り込み、話すうちに、なんと彼らもパリに住んでいるのでパリまで乗せて行ってくれることになりました。
「2人とも楽観的だから、遭難しないよう気をつけよう」と話していましたが、まったくお話のような展開に、我ながら驚き。しっかり定刻通りに帰宅しました。このお礼に、今度、5月に一緒にハイキングし、日本食を披露することにしました。人生、奇想天外で面白い。歩いてみるものです!